婚前契約書(プリナップ)には、離婚するときの定めのほかにも、婚姻生活におけるルールを定めることで、夫婦関係におけるトラブルを減らす効果も期待できます。
ここでは婚前契約書に定める内容についてご説明します。
1 婚姻生活のルール
結婚をすると、それぞれ生活習慣の異なるカップルが同居して生計をともにして家族として生きていくことになります。そのため、結婚生活では性格や価値観の違いから、夫婦関係にトラブルが生じがちです。
特に、①家事、子育て、②仕事、③親族との関係、④親の介護、⑤借金、⑥浮気(不倫)、これらの事柄は夫婦間で喧嘩の種になりやすく、離婚原因としても多いものです。
これらの事柄の多くは婚前契約書に定めたとしても法的効力はなく、相手に強制することはできません。
とはいえ、これらの事柄の一部でも結婚前の段階で相手とよく話し合っておくことは、夫婦生活におけるトラブルを減らすことにつながります。
また、そのような話し合いの結果を、専門家である弁護士が作成した婚前契約書に定めておけば、約束を守ろうという動機付けにもなるでしょう。
したがって、法的効力がないからといってこれらの結婚生活におけるルールを婚前契約書に定める意義がないとはいえません。
もちろん、結婚生活は長く続きますから、将来的には婚前契約書に定めたルールが生活にフィットしなくなることはあります。
そのようなときも結婚前からお互いに話し合って合意するという習慣をもっておけば、その都度、夫婦で協議して、ルールを改訂していくことができるのではないでしょうか。
2 家事、子育てのルール
結婚後も仕事を続ける女性の割合は高くなっています。もっとも、家事、育児に積極的に関わる男性が増えてきたとはいえ、未だ家事、育児は女性の仕事という考えが根強くあります。
このような背景もあり、家事、育児の分担は夫婦関係においてトラブルになりやすく、多くの離婚原因となっています。
ですから、結婚前の段階で家事、子育てに関してよく話し合い、あえて婚前契約書に定めておくことで、結婚後のトラブルを減らすことを期待できます。
3 仕事についてのルール
仕事と夫婦生活のバランスも夫婦関係の不和を生みやすい事柄です。仕事が最優先という方は、結婚後に仕事をセーブしなければならない状況を不安に思うかもしれません。
相手に仕事は頑張って欲しいけども、家族との時間も大事にして欲しいと考える方もいるでしょう。
そこで、週に1度は夫婦で晩御飯を食べる、年に1度は夫婦で休暇をとるなど、仕事と夫婦生活のバランスのとり方についても、結婚前にお互いの考え、意見をすり合わせておくと良いでしょう。
4 親族との関係、介護についてのルール
結婚するのはカップルの二人ですが、結婚をすると相手の両親、兄弟と付き合いが生まれますし、法律上も3親等内の姻族と親族関係が発生します。
親族間の関わり方については、家族によって異なります。そのため、配偶者の親族との関わり方、態度が夫婦喧嘩の火種になることも多くあります。
ですから、相手の親族との関わり方についても結婚前に話し合い、婚前契約書に定めることを検討すると良いでしょう。
また、結婚したときにはお互いの親は健在であっても、将来に他方の親など親族の介護が必要になることがあるかもしれません。
現に親族の介護が必要になったときに、要介護の度合いや、その時の家族の環境も予測は困難ですから、結婚前の段階で介護の方法についてまで決めることは難しいかもしれません。
しかし、介護についての心配がある場合は結婚前に話し合い、どのように取り組むかについて婚前契約書に定めることを検討すると良いでしょう。
5 借金についての約束
夫婦の一方がした借金や債務の保証は、日常の家事に関するものについては、他方の包括的な同意があると考えられますので、他方も連帯責任を負います。
このような日常の家事に関するものでない限り、夫婦の一方がした借金や債務の保証は、他方が責任を負うことはありません。
とはいえ、債務を負った人の名義になっている預金や不動産などは差し押さえ、換価の対象となってしまいますので、夫婦の共有財産が損なわれる恐れがあります。
そこで、一定額以上の借金などの債務を負担するときは、事前に他方の書面による同意を得なければならないと規定することが考えられます。
そして、それに違反したときは、共有財産の管理者を他方に変更する、更に共有財産を分割し、それ以降、原則として夫婦財産は各自の特有財産とすることを規定しておくことも考えられます(民法758条2項、3項)。
6 生活費の負担方法
家賃、水道光熱費、保険料、食費などの生活費の負担方法についても結婚前に話し合うと良いでしょう。
この生活費の負担方法については、婚姻後の収入を夫婦の共有財産とするのか、各自の特有財産(固有財産)とするのかによって、婚前契約書における定め方は異なってきます。
婚姻後の収入を共有財産とするときは、その共有財産から生活費を支出することになります。
他方、各自の特有財産(固有財産)にするときは、生活費の全部を一方が負担するのか、家賃など住居費は一方が、その他は他方が負担するのか、一方が仕事を辞めたときはどうするのかなど生活費の負担方法は多様ですから、お互いによく話し合う必要があります。
7 不倫・浮気したときの慰謝料
相手の浮気が心配なときは、浮気をしたときは他方の配偶者に対して慰謝料○○万円を支払うという定めや特有財産を他方の配偶者に譲渡するという定め、離婚時の財産分与割合を他方の配偶者に有利にするという定めなど、不倫・浮気のペナルティを婚前契約書に定めることが考えられます。
なお、慰謝料の金額は10万円ではかえって浮気を促しそうですし、他方、1000万円や1億円ではそのような契約は法的に無効となる可能性がありますし、そのような金額を相手が到底支払えないのであれば、抑止力としての効果を期待できません。
そこで、慰謝料の金額としては100万円~500万円ほどで規定するのが通常です。
8 夫婦財産関係(共有財産と特有財産)
法律(民法)は、夫婦の財産関係について定めています(法定財産制)。
法定財産制は、夫婦の一方が婚姻前から有する財産と、婚姻中に自己の名で得た財産は特有財産(固有財産)としています。
このような法定財産制は、婚前契約において自由に変更することができます。
例えば、婚姻前の財産の全部又は一部を共有財産とすることもできますし、婚姻中に得た財産は各自の特有財産として、婚前契約で明示したものだけを共有財産とすることもできます。
このような共有財産か特有財産かという区別は、婚姻中は、当該財産について自由に使用、管理処分できるかという点で影響します。
そして、共有財産は離婚時の財産分与の対象となりますので、離婚の際には、どの財産が財産分与の対象となるのかという点でも影響することになります。
9 離婚時の財産分与の方法
離婚時には夫婦の財産(資産、負債)を清算する財産分与を行います。財産分与とは、夫婦の共有の財産を清算分配するものです。
婚姻中に形成・維持された財産は、一方の単独名義であったとしても、その形成・維持に他方の直接的・間接的な協力があると評価され、共有名義の財産に限らず、一方の単独名義の財産も財産分与の対象となります。
離婚協議では、ある財産が財産分与の対象となるのかについて争いになるケースが多くあります。そこで、このような財産分与の対象について争いを避けるため、婚前契約書に財産分与の対象を明記しておくと良いでしょう。
具体的には、まずは、「夫婦財産関係(共有財産と特有財産)」でご説明しましたように、夫婦の財産について何を共有財産として何を特有財産とするのか明記します。
そして、財産分与の対象は共有財産に限られ、特有財産については財産分与の対象とはしないこと及び財産形成・維持への寄与を認めないことを明記します。
10 離婚する条件
離婚については夫婦が協議、調停で合意できないときは、裁判で勝訴しなければ離婚することができません。裁判で勝訴するためには相当な費用、時間がかかります。
また、お互いに夫婦関係の修復は難しいと自覚しているのに、離婚をすれば生活に困窮するから婚姻費用の支払いを受け続けるために離婚に応じないというケースもあります。
そこで、婚姻関係の継続が難しくなった場合には、離婚をして、お互いが人生の再スタートを切りやすくするために、婚前契約書を作成したいという方は多くおられます。
例えば、一方が離婚を申し出て、その申し出が1年間撤回されなかった場合、不倫をした場合、別居期間が1年を超えた場合などに、他方は離婚に応じるといった内容が考えられます。
もっとも、民法は、不貞行為、悪意の遺棄など婚姻を継続し難い重大な事由がある場合に限定して離婚を認めています。そのため、法律が定める離婚原因を拡張して、離婚しやすくするような婚前契約の内容に法的効力は認められません。
なお、別居期間が3年を超えない限り離婚はできないというように、法律が認める離婚原因を更に限定する婚前契約の内容にも法的効力は認められません。
このように法律が定める以外の離婚原因を婚前契約書に定めたとしても法的効力は認められないことになりますが、夫婦がその契約内容に自由に従って、離婚することは何ら差し支えありません。
ですから、結婚前に話し合ってお互いに納得した内容を婚前契約書に定めておくことで、スムーズに協議離婚できる事実上の効果は期待できますので、法的効力がないからといって婚前契約書に定めることが無意味とはいえないでしょう。
11 子供の親権
子供がいるときは、離婚時に夫又は妻のいずれかを親権者として定める必要があります。親権者については、法律上、子供の利益を最優先に考えて決めなければならないとされています。
そして、どちらを親権者とするのが子の利益になるのか、夫婦間の協議で決定できないときは家庭裁判所に決定権があり、この決定権を排除するような婚前契約書の規定は無効となります。
そのため、婚前契約に親権者をどちらとするのか規定することは差し支えありませんが、離婚時に、他方がその規定に従うことを拒否した場合には、家庭裁判所が、いずれを親権者とするのが子供の利益に適うかという観点から親権者を決定します。
子の親権についても、「離婚の条件」と同様に、結婚前に話し合ってお互いに納得した内容を婚前契約書に定めておけば、離婚時にはお互いが納得したその内容通りに進むかもしれませんので、婚前契約書に定めることが無意味とはいえません。
12 子供の養育費
離婚した後の子供の養育費は、子供を養育する側にとっても、養育費を支払う側にとっても関心の高い問題ですから、婚前契約書に定めておきたいという方は多くおられます。
養育費についても親権と同様、子供の利益の観点から最終的には家庭裁判所に決定権がありますので、婚前契約書に養育費の金額や支払方法について定めたとしても法的効力は認められないのが原則です。
もっとも、家庭裁判所で認められる養育費と同等以上の金額、支払方法を定める婚前契約は、子の利益にはかなうものですから、法的効力が認められる可能性はあります。
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