遺留分額と遺留分侵害額の計算
はじめに
遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)を行うに際しては、①「遺留分額」を算定したうえ、算定した遺留分額をもとに、②「遺留分侵害額」を計算することで、最終的に請求が可能な金額を導くことができます。
以下では、「遺留分額」及び「遺留分侵害額」の概要及びその計算方法についてご説明いたします。
遺留分額とは
遺留分額の算定式
遺留分額の算定式は以下の通りです。
遺留分額=①遺留分算定の基礎となる財産の価額 × ②個別的遺留分の割合
したがって、まずは、①「遺留分算定の基礎となる財産の価額」を確定する必要があります。
「遺留分額の算定基礎となる財産の価額」の確定
遺留分を算定するための財産の価額は、
①被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に、②被相続人が贈与した財産の価額を加えた額から、③債務の全額を控除した額です。
算定式は以下の通りです。
「遺留分算定の基礎となる財産の価額」=①相続財産の価額+②贈与の価額-③相続債務全額
「被相続人が相続開始の時において有した財産」とは、被相続人が相続開始の時において有した積極財産を意味します。なお、遺贈された財産もこれに含まれますが、祭祀財産についてはこれには含まれません。
典型的な積極財産としては、不動産、預貯金、現金、有価証券、及び動産などがあります。
贈与財産の確定
遺留分算定の基礎となる財産に加えるべき贈与は、具体的には以下の贈与となります。
- 相続人に対し、相続開始前の10年間にされた贈与であって、特別受益に該当するもの
- 相続人以外の第三者に対し、相続開始前の1年間にされた贈与
- 1及び2より前にされたものであって、当事者双方に害意がある贈与
基本的に、上記期間内か否かは、贈与契約の成立時期をもって判断されます。
負担付贈与については、贈与の目的物の価額から負担の価額を控除した残額のみを算入することになります。
なお、生命保険金の受取人が相続人のうちの1人になっていたとしても、原則としてそれが特別受益に該当することはありません。
遺留分額と持ち戻し免除の意思表示
民法上、遺産分割の際には、共同相続人間の公平を図るため、「持ち戻し」という調整が行われています。
具体的には、被相続人が相続人の一部に生前贈与や遺贈等により特別受益を与えたとしても、遺産分割にあたってはこれらの特別受益を「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」に加え、各相続人の取り分が同じになるように調整をしています。
しかし、被相続人の意思を重視し、持ち戻しを行わないことも可能であり、被相続人による持ち戻しを行わないとの意思表示のことを、「持ち戻し免除の意思表示」といいます。
もっとも、通常の遺産分割と異なり、遺留分の算定においては、持ち戻しの免除は認められていません。
したがって、遺留分の算定においては、受遺者に対し、仮に持ち戻し免除の意思表示があったとしても、特別受益は全て、遺留分算定の基礎として算入されることになります。
被相続人に債務がある場合
前記のとおり、遺留分額を確定するためには、相続財産の価額から債務を控除する必要があります。
ここでいう債務とは、被相続人が負担するすべての債務を意味し、私法上の債務だけでなく、公法上の債務も含まれます。
典型的なものとしては、借入金、未払金、公租公課、及び罰金などが挙げられます。
個別的遺留分の確定
②「個別的遺留分の割合」については、基本的には下記の表に従うことになります。
具体例
被相続人Aの法定相続人として妻Bと長女C、次女Dがいます。
相続財産として、不動産7000万円分、預金2000万円分があり、Aは、不動産をBに、預金をC及びDに2分の1ずつ相続させる遺言をしていました。
また、AはCの結婚資金として20年前に2000万円を贈与していました。
なお、Aには相続債務はありません。
Dの遺留分額はいくらになるでしょうか。
① 遺留分を算定する基礎となる財産の価額
Aは相続開始時に、上記不動産と預金を有していますので、これらが基礎財産となります。なお、Cに対する結婚資金の贈与は、10年を超えるため、遺留分算定の基礎となる財産へは算入されません。
したがって、遺留分算定の基礎となる財産の価額は以下のとおりです。
不動産7000万円+預金2000万円=9000万円
② 個別的遺留分の割合
個別的遺留分の割合は、法定相続分×総体的遺留分という算定式により算出されます。
前記の表によると、子Dの法定相続分は4分の1(子Cと等分されるため)、総体的遺留分は2分の1となりますので、Dの個別的遺留分の割合は8分の1です。
③ 遺留分額
前記のとおり、遺留分額は、下記の算定式により算出されます。
遺留分額=①遺留分算定の基礎となる財産の価額 × ②個別的遺留分の割合
これによると、本ケースにおいては、Dの遺留分額は以下の通りです。
①9000万円 × ②1/8=1125万円
遺留分侵害額とは
遺留分侵害額の算定式
遺留分侵害額の算定式は以下の通りです。
遺留分侵害額=
①遺留分額
-②遺留分権利者が受けた遺贈又は特別受益の額
-③遺留分権利者が相続によって取得すべき財産の額
+④遺留分権利者が承継する相続債務の額
遺留分額
遺留分額については、前記説明のとおり、下記の算定式によって計算します。
遺留分額=①遺留分算定の基礎となる財産の価額 × ②個別的遺留分の割合
遺留分権利者が受けた遺贈又は特別受益の額
遺留分権利者が生前贈与を受けている場合には、遺留分侵害額を算定する際に、生前贈与によって取得した価額を控除することになります。
なお、遺留分侵害額を算定する際は、「遺留分を算定するための財産の価額」を算定するときとは異なり、控除の対象となる生前贈与の期間は、相続開始前の10年間に限定されません。
遺留分権利者が相続によって取得すべき財産の額
遺留分権利者が相続によって何らかの財産を取得している場合には、遺留分侵害額を算定する際に、遺留分の額からその取得した額を控除することになります。
例えば、遺産分割が行われ、遺留分権利者にも何らかの遺産が分割された場合には、分割された遺産の取得額が控除されることになります。
民法899条により遺留分権利者が承継する相続債務の額
遺留分侵害額の算定にあたっては、被相続人が相続開始時に有していた債務のうち、遺留分権利者が承継する債務がある場合には、その承継した債務の額を加算することになります。
遺留分が遺留分権利者の最低限の取り分であることから、これを確保させる趣旨です。
遺留分と寄与分
「寄与分」とは、被相続人の療養監護等を行うことにより、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者(=「寄与相続人」)について認められる、相続分の増加分を指します。
遺産分割の際に寄与分が認められると、寄与相続人は本来の法定相続分に寄与分を加えた額に相当する財産を取得することができます。
もっとも、遺留分侵害額の計算においては、寄与分を有していたとしても、寄与相続人が遺留分侵害額にこれを加算することは認められていません。遺留分は遺留分権利者全員のために残された財産部分であると考えられているからです。
したがって、遺留分権利者が寄与分を有していたとしても、それによって上記遺留分侵害額の計算に影響を与えることはありません。
具体例
それでは、先ほどのDさんを例に、実際に遺留分侵害額を計算してみましょう。
前述のとおり、本ケースにおいては、Dの①遺留分額は1125万円です。
また、Dは遺贈や特別受益を受けていないため、②遺留分権利者が受けた遺贈または特別受益の額は0円となります。
もっとも、Dは、相続により預金の半分である1000万円を取得していますので、③遺留分権利者が相続によって取得すべき財産の額は1000万円となり、これが遺留分侵害額から控除されることになります。
Aには相続債務はありませんので、Dが債務を承継することもないため、④民法899条により遺留分権利者が承継する相続債務の額は0円となります。
以上を上記算定式に当てはめると、下記の通りになります。
Dの遺留分侵害額
=①1125万円-②0円-③1000万円-④0円=125万円
以上より、DはBに対し、125万円の遺留分侵害額請求を行うことができます。