介護事故の損害賠償責任

介護事故の損害賠償責任

1 責任の種類

⑴ はじめに

転倒事故や誤嚥事故などの介護事故が起きたとき、介護サービスを提供する介護事業者(施設側・事業者側)や職員にはどのような責任が生じるでしょうか。

まず、介護事故が起きた場合の責任について、整理してみます。

⑵ 道義的責任

事故が起きた場合、介護事業者・施設職員らが、被害に遭った入居者・入所者や利用者、そして、そのご家族に対して、申し訳ないと感じることもあるでしょう。

このような、不幸な事態を招いたことに対する自責の念を道義的責任といいます。

奉仕の精神が重視される介護の現場においては、しばしば、この道義的責任と以下に述べる法的責任とが混同して語られることがありますが。

しかし、道義的責任を認めることと、法的責任があることとは、まったくの別問題です。

⑶ 法的責任

この道義的責任を超えて、「法律上」の責任が生じる場合もあります。これが、法的責任です。

法的責任には、大きく分けて、主に損害賠償義務を負担することになる民事上の責任と、国家刑罰権に基づく刑事罰の制裁を受けなければならない刑事上の責任とがあります。

2 介護事故の法的責任

では、「介護事故」が起きた場合には、どのような法的責任が想定されるでしょうか。

刑事上の責任としては、過失により利用者に対して怪我を負わせた場合や死なせてしまった場合に、実際に介護・介助に従事していた方に業務上過失致死傷罪が成立する可能性があります。

また、介護・介助が必要な利用者の介護を放棄して生命身体に危険を及ぼした場合には、保護責任者遺棄罪が成立する可能性もあります。その他にも、傷害罪が成立する場面もあるでしょう。

介護事業者は、あらゆる事故・リスクを想定して、その対策を講じています。

万が一、介護事故が発生し、責任を負うことになった場合に備え、保険会社を保険者とする十分な保険金額の損害賠償責任保険(損害保険)に加入していることが通常です。

しかし、この保険契約に基づき、保険金が支払われるのは、あくまでも、被保険者(事業者)が「民事上の責任」を負う場合であり、刑事上の責任に対して、保険金が支払われることはありません。

では、民事上の責任について、詳しく見ていきましょう。

3 民事上の責任(損害賠償責任)~不法行為責任~

⑴ 一般的不法行為責任(民法709条)

たとえば、交通事故のように、もともと契約関係などの債権債務関係がない者同士の間で、故意又は過失によって権利又は法律上保護される利益を侵害してしまった場合には、不法行為責任が成立します。

介護事故においても、介護・介助などの介護サービスを提供していた職員に対して不法行為責任を追及することが考えられます。

この他にも、システムエラーが原因で介護事故が発生したような場合には、事業者(施設側)の責任を追及するような構成も可能であり、その他の関係者の責任を一般的不法行為として追及することもあり得るでしょう。

⑵ 使用者責任(民法715条)

使用者責任とは、事業のために他人を使用している者が、被用者が事業の執行について第三者に加えた責任を賠償する責任をいいます(民法715条)。

上記のとおり、介護・介助などの介護サービスを提供した職員個人に対する責任追及も可能ではありますが、実務上、事業者(施設側)への責任追及は「使用者責任」によることが多いです。

一般的不法行為では、故意・過失について被害者たる利用者または利用者家族が立証をする責任を負います。

他方、使用者責任では、「被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない」(民法715条1項但書き)と規定されています。

つまり、事業者側が自らに落ち度がなかったことを立証しなければ責任を免れることはできない構造になっているのです(なお、事業者側に、この免責が認められることは極めて稀です)。

そのため、使用者責任の構成で事業者に責任追及するケースが多いものと思われます。

⑶ 工作物責任

施設の設備や構造が原因となって介護事故が生じた場合には、工作物責任が問題となります。

民法717条1項は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。」と規定しています。

この「設置又は保存に瑕疵」があるとは、その物が通常有しているべき安全性を欠いていることを意味します。

介護事故においては、介護施設にふさわしい安全性が備えられていなければ、「瑕疵」があると判断され、占有者または所有者として、事業者側(施設側)の責任が認められることになります。

4 民事上の責任(損害賠償責任)~債務不履行責任~

契約関係などの債権債務関係が存在する場合には、それを前提に、債務者がその債務を履行しなかったことについて、責任を追及することが可能です。

つまり、簡単に言えば、契約で決まっていることを、きちんと実行しないことについての責任(債務不履行責任)を追及するというものです。

介護事故の場合は、入居者・入所者や利用者(またはその家族)と契約関係にあるのは、事業者(施設側)ですので、原則として、債務不履行責任を負うのは事業者となります。

令和2年4月1日施行の改正後の民法415条1項は、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」と規定しています。

なお、条文の構造上、一般不法行為と債務不履行責任とでは、過失の立証責任の所在が異なりますが、介護事故においては、そもそも「債務不履行」に該当するのかどうかという点で、過失の有無と同様の判断がなされるため、過失の立証という観点からは、どちらの構成をとったとしても、実質的な差は乏しいと考えられます。

5 職員の個人責任追及の可否

上記のとおり、介護事故を起こしてしまった介助者など職員個人に対しては、理論上、一般的不法行為責任を追及することが可能です。

もっとも、民事上の損害賠償請求は損害の填補を目的として行われる側面が強いため、実務上は、職員個人だけに責任追及をする場面は少なく、賠償金を支払う能力が高い事業者にも責任追及をする必要性が高いといえます。

また、上記のとおり、事業者側も、損害賠償保険に加入していることが多く、実際には、保険者たる保険会社が保険金を支払うことで、損害が填補されることが多いように思います。

なお、使用者責任を負った事業者(使用者)は、職員個人(被用者)に対して求償権を行使することが可能ですが(民法715条3項)、求償権の行使には信義則によって制限が加えられています。

以上のことから、職員個人が、実際に金銭的負担をするケースは少ないといえるでしょう。

6 安全配慮義務

上記のとおり不法行為責任と債務不履行責任は異なる法的構成です。

もっとも、いずれの構成に立ったとしても、事業者が法的に要求される注意義務に違反した事実が認められるかどうかが法的責任の有無を分けることになります。

介護事故の民事上の責任を追及する場面において、法的に要求される注意義務は、「安全配慮義務」として構成されることが一般的です。

この「安全配慮義務」は、介護事業者においては、契約に従って、利用者に介護サービスを提供するのみならず、その業務遂行にあたって、利用者の生命や身体を危険から保護すべき義務と考えられています。

つまり、「安全配慮義務違反」が認められる場合には、原則として、介護事故に対する事業者側の損害賠償責任が認められることとなります。

なお、介護の際に、利用者の生命・身体が侵害された場合であっても、必ず安全配慮義務違反の事実が認められるわけではありません。

個別の介護事故ごとに、具体的な安全配慮義務が特定され、その違反を基礎づける具体的な事情が主張・立証がなされなければなりません。

7 過失相殺

介護事故によって利用者の生命・身体が侵害された場合でも、入居者・入所者や利用者自身に何らかの関与があって、損害が拡大してしまったようなケースがあります。

このようなケースでは、入居者・入所者や利用者自身も損害を公平に分担すべきであるとの考えから、「過失相殺」が認められることがあります。

なお、過失相殺には、事理弁識能力があれば足りるとするのが判例ですが、介護事故の場合、認知症高齢者など被害者に事理弁識能力がない事案もありますので、注意が必要です。

8 まとめ

今回は、介護事故の法的責任について確認しました。

介護事故が発生した場合には、どのような構成で、誰に対して責任追及をするのか、死亡事故の場合に損害賠償請求権者は誰かなど、法的な問題が多く含まれていますので、まずは弁護士に相談することをお勧めいたします。

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