介護事故(転倒事例)について

介護事故(転倒事例)について

1 はじめに

介護事故の防止に向けて、リスク管理の方法は様々です。
たとえば、事業所内に安全対策委員会やリスクマネジメント委員会を設置している施設も多いのではないでしょうか。

リスクマネジメント委員会等の名称がない場合でも、報告制度を導入しヒヤリハット事例を集積したうえで、ヒヤリハット報告書・アクシデントレポートなどを作成し、これらの分析を通じて、再発防止策や改善策を検討している施設もあるでしょう。

その他にも、安全対策マニュアルを作成・改定し従業員に周知徹底することで、介護事故の防止に努めている施設も多く存在するものと思います。

このように、介護事故の予防に向けては、ヒヤリハット事例や実際の介護事故に向き合い、改善策や再発防止策を検討するという対応が極めて重要です。

これは法的な責任追及の場面でも同様で、過去の裁判例を分析し、対応策を講じることで、万が一、不幸な事故が発生してしまった場合に備えることが可能といえます。

つまり、裁判例が指摘する事情を意識した安全対策を講じることで、入所者や利用者への安全配慮義務違反(安全配慮不足)による損害賠償責任(損害賠償義務)の会費や責任の軽減することにつながると考えます。

そこで、今回は実際の裁判例を分析したいと思います。

2 転倒事例の検討

⑴ 事例検討の進め方

厚生労働省ホームページの『「福祉サービスにおける危機管理(リスクマネジメント)に関する取り組み指針~利用者の笑顔と満足を求めて~」について』(平成14年4月22日)によれば、特別養護老人ホームで発生している事故類型は、転倒(50%)、誤嚥(9.3%)、転落(9.3%)です。

これは特別養護老人ホームのデータですが、特別養護老人ホームに限らず、高齢者施設や高齢者介護の現場で圧倒的に多い事故類型は、転倒事故です。
そこで、今回は転倒事故の事例を検討します。

はじめに転倒事故の分類方法を検討したうえで、各類型の裁判例を紹介し、その裁判例を分析するという順番で進めていきます。

⑵ 転倒事故の種類

転倒事故は、介護事故の中でも多数を占めており一定の集積があることから、類型化をすることも可能です。

その1つが、事業者側の事業形態によって分類をする方法です。たとえば、特別養護老人ホームでの転倒事故、介護老人保健施設での転倒事故、通所介護や訪問介護での転倒事故などで分類をすることが可能です。

その他の方法として、転倒事故が発生したシチュエーション(利用者が怪我をした状況)で分類をする方法が考えられます。

たとえば、移動時の事故(送迎バスの乗り降りの際の事故、施設内を移動中の事故、歩行介助時の事故、車椅子への移乗時の事故など)、トイレでの事故、入浴時の事故、就寝・起床の際の事故(ベッドからの移動時の事故)というように分類をします。

今回は、転倒事故が発生したシチュエーション(利用者が怪我をした状況)で分類をして、裁判例を紹介・検討していきたいと思います。

3 転倒の裁判例の紹介

⑴ 移動時の転倒事故

移動時の転倒事故として、東京地方裁判所平成25年10月25日判決を紹介します。以前のコラムでも取り上げたことのある裁判例です。

この裁判例は、訪問介護を利用していた利用者(原告)が、自宅玄関の上がりかまちで立って待つよう指示して介護士が離れたところ、玄関土間に転落したという事案です。

裁判所は、利用者の脚力低下が進んでいること、介護計画手順書には、靴を履くために一旦あがりかまちで座って待機させる旨の記載があること、利用者の立位保持には手すりや杖が必要であるが、それでも30秒から1分ほどが限界であることを事業者側が認識していたことを指摘しました。

そのうえで、介護者が、上りかまちに立っている利用者から目を離す場合は、一旦座らせる、家族に介添え代行を要請するなど、転倒防止のための必要な措置を怠ったとの判断をしました。

⑵ トイレでの転倒事故

トイレでの転倒事故の事例として、横浜地方裁判所平成17年3月22日判決を紹介します。

この事案は、被告(事業者側)が管理運営する介護施設において通所介護サービス(デイサービス)を受けていた原告(利用者)が、トイレまで歩行介助した職員に対して、トイレ個室内は「一人で大丈夫」と個室に一人で入った際の転倒事故です。

裁判所は、過去に本件施設内で転倒したことがあること、主治医が歩行時の転倒に注意するよう強く警告していたことを認識していたことを指摘しました。

そして、上記認識にもかかわらず、手すりもないトイレ個室内に原告が一人で入ることを許容して、歩行介護することを怠ったとしています。

また、利用者本人が「一人で大丈夫」と述べた点については、このような発言があったとしても、職員が、介護を受けない場合の危険性や介護の必要性について説明、説得をしていないことに触れ、このような発言があっても、歩行介護義務を免れるものではないと判示しました。

もっとも、裁判所は、この点を被告が義務を免れる理由にはならないとしながらも、利用者の過失として捉えており、3割の過失相殺がなされました。

⑶ 入浴時の転倒事故

入浴時の転倒事故の裁判例として、青森地方裁判所弘前支部平成24年12月5日判決を紹介します。

本件は、社会福祉法人(被告)が経営する老人デイサービス事業を利用していた利用者(原告)が、入浴補助用簡易車椅子に座って入浴介助を受けていた際の転倒事故です。

別の利用者が入浴介助担当の従業員に対して、自身の洗身介助を依頼したことから、当該従業員が原告のもとを離れた際に、原告は入浴簡易車椅子ごと体勢を崩し、右半身から床面に転倒してしまいました。

裁判所は、自立歩行は困難であるものの、ある程度の挙動傾向が認められる利用者は、自立歩行可能な利用者よりも転倒の危険が高いこと、浴室が滑りやすい危険な場所であること、原告が車椅子への移乗の際に不安定な姿勢でも待ちきれずに移乗を試みていたことを事業者側が認識していたことなどを指摘しました。

そして、これらの事情を基礎として、事業者側には、以下のような義務があると結論づけました。
・対象者から目を離さないようにする義務
・一時的に目を離す場合には、
代わりの者に見守りを依頼する
対象者を転倒の恐れのない状態にすることを最優先とする措置をとる

⑷ 就寝・起床の際の転倒事故(ベッドからの移動時の転倒事故)

この類型の転倒事故として、東京地方裁判所平成24年3月28日判決を紹介します。

本件は、介護老人保健施設での転倒事故です。
利用者は、夜勤の職員がいるサービスステーションから見通すことのできるベッドで就寝していましたが、未明に転倒していることが発覚した事案です。

本件では、施設入所後に利用者(原告)が何度も転倒しており、それを施設・事業者側(被告)も知っていたこと、転倒を防止する措置を講じていたものの奏功していなかったことなどが指摘されています。

そして、これらの事情を基礎に、事業者側が、「原告がベッドから立ち上がる際などに転倒することのないよう見守り、その転倒を回避する措置を講ずる義務」を負っていたとの判断を示しています。

この裁判例では、事業者側が、原告のベッドを夜勤者のいるサービスステーションからの見通しが良好である場所に置いて見守りを続けたと反論しましたが、裁判所は、「見守りが不十分であった」といわざるを得ないとして、事業者側の反論を否定しました。

また、事業者側からは、原告が認知症やパーキンソン病であることなどを理由に素因減額の主張もなされたようですが、このような状態を前提に入所利用契約を締結しているとして、これらの反論も排斥されています。

4 転倒判例の検討及び分析

上記のとおり、様々なシチュエーションでの転倒事故の裁判例をご紹介しました。
いずれも、事業者・施設側の責任が認められた事案ですが、いったい、どのような事情によって責任が認められたのでしょうか。

介護事故において事業者側の責任が認められるためには、具体的な事故の危険性が認められるかどうか(予見可能性)、この予見可能性を前提に、結果回避を尽くしたかどうか(結果回避義務違反)という点が重要です。

この予見可能性の判断では、①本人の状態(歩行状態〔特に単独歩行が可能かどうか、下肢の状態〕、認知症の程度、挙動の傾向)、②過去の転倒の有無、③事故現場の状況などが考慮要素とされています。

紹介した裁判例でも、本人の脚力が低下していたこと(①)、医師が歩行に注意するよう警告していたこと(①)、自立歩行はできないが挙動傾向が認められていたこと(①)、過去に転倒していたこと(②)、トイレや浴室などの状況(③)などが、予見可能性の認定の際に摘示すされています。

結果回避義務の判断では、常に動静を見守ったり、歩行に付き添う義務までは認めないとする裁判例が存在しており、見守りを頻繁にすべきだったという程度では、結果回避義務違反が認められにくい傾向にあります。

他方で、一般的な見守りすら怠っていた場合はもちろんのこと、途中で見守りを中断した場合などでは、中断したことについて結果回避義務違反が肯定されることがよくあります。

紹介した裁判例は、いずれも、少し目を離した間の転倒事故であり、見守りを中断したことについて、代替措置などの転倒防止措置を講じなかったことが追及され、安全配慮が不足していたとの評価がなされています。

今回は、転倒事故の裁判例について説明いたしました。

介護事故を予防することが最善ですが、万が一、事故が発生してしまった場合、責任の有無の判断には専門的な要素が含まれますし、保険者である損保会社との間でも保険金の支払に向けた調整などが必要となりますので、弁護士への相談をお勧めいたします。

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