被害届の取り下げは可能?示談の進め方と加害者の注意点を解説

最終更新日: 2025年11月25日

もしも何らかのトラブルにより、犯罪の加害者として被害届を出されてしまった場合、大きな不安を感じているかもしれません。この被害届は、そもそも取り下げが可能なのでしょうか。そして、被害届が取り下げられることで、刑事処分はどう変わるのでしょうか。また、取り下げを実現するために不可欠となる「示談交渉」は、どのように進めればよいのか、注意すべき点はどこにあるのか、疑問は尽きないことでしょう。

この記事では、被害届の基本的な知識から、取り下げの可否とそのメリット、さらには示談交渉の具体的な進め方や成功のポイント、そして弁護士に依頼することの重要性まで、加害者の方が知っておくべき情報を網羅的に解説します。直面している状況を安全かつ有利に解決へ導くための具体的な道筋を提示し、不安を解消できるよう、一つひとつ丁寧に説明していきます。

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この記事を監修したのは

代表弁護士 春田 藤麿
代表弁護士春田 藤麿
第一東京弁護士会 所属
経歴
慶應義塾大学法学部卒業
慶應義塾大学法科大学院卒業
宅地建物取引士

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目次

被害届とは?警察に提出されるとどうなるのか

犯罪の加害者となってしまった方にとって、「被害届」という言葉は大きな不安を伴うものではないでしょうか。被害届とは一体どのようなもので、警察に提出されるとどのような影響があるのか、このセクションでは、被害届の基本的な知識から、その後の捜査への影響までを詳しく解説します。

犯罪被害を申告するための書類

被害届とは、犯罪の被害に遭った事実を警察などの捜査機関に申告するための書類です。これは、あくまで「被害があったことを警察に知らせる」ためのものであり、特定の加害者の処罰を求めるという意思表示とは直接結びつくものではありません。多くの事件で捜査の端緒となる重要な書類ですが、提出自体が法的効果を持つわけではありません。

被害届には、どのような犯罪の被害に遭ったのか、その詳細が具体的に記載されます。例えば、被害者の氏名、連絡先といった個人情報に加え、被害が発生した日時や場所、どのような被害内容だったのか、もし犯人の情報が分かっていればその特徴などが盛り込まれます。この情報をもとに、警察は事件の概要を把握し、捜査の必要性や方向性を検討します。

つまり、被害届は警察が捜査を開始するための最初のステップとして機能し、警察が事件の存在を認識し、適切な対応をとるための基礎情報を提供する役割を担っています。しかし、被害届が提出されたからといって、必ずしも加害者がすぐに特定され、逮捕されるというわけではありません。

被害届が受理されると捜査が開始される可能性がある

警察に被害届が提出され、それが「受理」されると、警察は事件の捜査を開始する可能性があります。受理とは、警察が提出された被害届の内容を確認し、犯罪事実の申告として正式に受け付けることを指します。受理された後、警察は、被害者からの聞き取りや現場検証、防犯カメラ映像の確認、証拠品の収集など、事件の真相を明らかにするための具体的な捜査活動を進めます。

これらの捜査を通じて、被疑者の特定や逮捕に向けた準備が進められることになります。しかし、被害届が受理されたからといって、必ずしもすべての事件で大規模な捜査が開始されるわけではありません。事件の緊急性、重大性、証拠の有無、警察のリソースなど、さまざまな要素が考慮され、捜査の優先順位や規模が決定されます。

例えば、殺人や強盗などの重大事件では迅速かつ大規模な捜査が行われる一方で、軽微な事件では、被害状況や証拠が不十分な場合、捜査が限定的になることもあります。また、被害届が出されたとしても、警察が犯罪の成立を判断できないと判断すれば、捜査が開始されないケースも存在します。

「告訴」との違い|処罰を求める意思の有無

被害届とよく混同されがちなものに「告訴」がありますが、この二つには明確な違いがあります。最も大きな違いは、「犯人の処罰を求める意思表示の有無」です。被害届は、あくまで犯罪事実があったことを捜査機関に申告するもので、加害者を「処罰してほしい」という意思表示は含まれていません。

これに対し、告訴は、被害者が捜査機関に対し「犯人を処罰してほしい」という明確な意思を表明する法的な手続きです。告訴がなされると、捜査機関は告訴内容に基づいて捜査を進め、告訴事実が認められれば検察官は原則として起訴しなければならないという法的効果が発生します。

この違いは、特に「親告罪」と呼ばれる特定の犯罪において重要になります。親告罪とは、被害者などからの告訴がなければ起訴できない犯罪のことで、例えば名誉毀損罪や器物損壊罪などがこれにあたります。このような親告罪の場合、被害届だけでは検察官が起訴することはできず、必ず告訴が必要になります。つまり、告訴は被害届よりも強力な法的拘束力を持ち、加害者にとってより重い法的リスクを伴うものであると言えるでしょう。

被害届は取り下げできる?

警察に提出された被害届は、加害者にとって今後の刑事手続きに大きな影響を及ぼすものです。逮捕や勾留、そして起訴されて前科がつくかもしれないという不安の中で、「被害届は取り下げできるのだろうか」「もし取り下げできれば、自分はどうなるのだろうか」と考える方も少なくないでしょう。

このセクションでは、被害届の取り下げが可能かどうかという多くの人が抱える疑問に対して、明確な答えを提示します。さらに、取り下げが実現した場合の具体的なメリットや、取り下げが難しいケースについても詳しく解説していきます。

結論:被害者の意思で取り下げは可能

結論からお伝えすると、一度提出された被害届は、被害者の意思によって取り下げることが可能です。被害者が「もう加害者を罰してほしいとは思わない」という意思を示せば、被害届は取り下げられます。

具体的には、被害者が「被害届取下書」という書類を作成し、被害届を提出した警察署に提出することで、警察などの捜査機関に対し、取り下げの意思を伝えます。この手続きによって、被害者の処罰感情が和らいでいることや、加害者への処罰を望まないという意向が捜査機関に明確に伝えられることになります。

ただし、取り下げても捜査が終了するとは限らない

被害届の取り下げが可能であるとはいえ、取り下げが即座に事件の捜査終了を意味するわけではありません。被害届が取り下げられた後も、捜査を継続するかどうかは、警察や検察といった捜査機関が判断します。

特に、殺人や強盗、性犯罪など社会的に影響が大きい重大犯罪(非親告罪)では、たとえ被害届が取り下げられたとしても、捜査機関が公益性を重視し、被害者の意思に関わらず捜査が続行されることが一般的です。これは、個人の被害感情だけでなく、社会全体の秩序維持という観点から、犯人を処罰する必要があると判断されるためです。

一方で、名誉毀損罪や器物損壊罪などの親告罪の場合、告訴がなければ起訴できないという特性があります。したがって、親告罪においては、被害届の取り下げだけでなく、告訴の取り下げが行われれば、原則として捜査や公訴は終了します。この点が、非親告罪の場合と大きく異なるため、自身のケースがどちらに該当するのかを確認することが重要です。

被害届を取り下げることによる加害者のメリット

被害届の取り下げは、加害者にとって刑事手続きの様々な段階で大きなメリットをもたらします。被害者との示談が成立し、被害届が取り下げられれば、身柄拘束のリスクが低減され、不起訴処分の可能性が高まります。また、万が一刑事裁判に至った場合でも、刑罰が軽くなる有利な情状として考慮されるでしょう。

これらのメリットは、加害者自身の社会生活への影響を最小限に抑え、通常の生活への早期復帰を可能にする上で極めて重要です。被害届の取り下げを目指すことは、加害者にとって示談交渉を進める最大の動機付けとなります。

逮捕・勾留のリスクを低減できる

被害届が取り下げられることによる最初の大きなメリットは、逮捕や勾留といった身柄拘束のリスクを大幅に低減できる点です。被害者との間で示談が成立し、被害届が取り下げられれば、捜査機関は加害者が「逃亡したり証拠を隠滅したりするおそれ」が低いと判断しやすくなります。

その結果、事件が発覚しても逮捕されずに在宅事件として扱われる可能性が高まります。すでに逮捕・勾留されている場合でも、被害届の取り下げが早期の釈放につながることも少なくありません。身柄拘束が回避または短期化されれば、仕事や日常生活への影響を最小限に抑えられます。

不起訴処分になる可能性が高まる

加害者にとって、被害届の取り下げがもたらす最大のメリットは「不起訴処分」となる可能性が格段に高まることです。検察官が加害者を起訴するかどうかを判断する際、被害者との示談が成立し、被害届が取り下げられている事実は、「被害者が加害者の処罰を望んでいない」という強力な証拠として考慮されます。

これにより、検察官が起訴を見送る「起訴猶予」などの理由で不起訴処分となる可能性が高まります。不起訴処分となれば、刑事裁判にかけられることもなく、前科がつくことを回避できるため、加害者の将来にとって非常に大きな意味を持ちます。

刑事裁判で有利な情状として考慮される

万が一、示談交渉が間に合わず起訴されて刑事裁判になってしまった場合でも、被害届の取り下げが有利に働くことは十分に考えられます。示談が成立し、被害の弁償が行われ、被害者が加害者の処罰を望んでいないという事実は、裁判官が量刑を判断する上で非常に重要な「有利な情状」として考慮されます。

これにより、懲役刑に執行猶予が付いたり、罰金刑が減額されたりするなど、より軽い刑罰につながる可能性が高まります。刑事裁判で有罪判決を受けることになったとしても、被害届の取り下げは、その後の社会復帰を円滑にするためにも重要な要素となるのです。

被害届を取り下げてもらうための具体的な方法

被害届の取り下げは、加害者の方にとって刑事処分を回避し、日常生活を取り戻すための重要なプロセスです。しかし、その進め方を誤ると、かえって事態を悪化させてしまうこともあります。ここでは、被害届を取り下げてもらうために加害者の方が取るべき具体的なステップを、謝罪から示談交渉、そして最終的な取り下げ手続きまで、順を追って詳しく解説します。

ステップ1:被害者へ誠心誠意の謝罪と反省を伝える

被害届を取り下げてもらうための最初の、そして最も重要なステップは、被害者の方への心からの謝罪と、自身の行為に対する真摯な反省の意思を伝えることです。謝罪は単なる形式的なものであってはならず、被害者の痛みや苦しみを理解し、二度と繰り返さないという強い決意を示す必要があります。このような誠意ある態度は、被害者の感情を和らげ、その後の示談交渉に応じてもらうための土台となります。

多くのケースでは、加害者本人が直接被害者に接触することは、かえって被害者の恐怖心を煽り、事態を悪化させるリスクがあります。そのため、弁護士を通じて謝罪の意を伝え、冷静かつ客観的な立場で交渉の窓口となってもらうのが一般的です。弁護士が間に入ることで、被害者の方も安心して話し合いに応じてくれる可能性が高まります。

ステップ2:示談交渉を成立させる

被害者の方が謝罪の意思を受け入れてくれたら、次に進むのが「示談交渉」です。示談交渉とは、加害者と被害者の間で、事件の解決条件について話し合い、合意を目指すプロセスを指します。具体的には、被害者の方への損害賠償(示談金)の金額や支払い方法、その他、加害者から被害者への接近禁止などの条件を協議します。

この交渉がまとまり、双方が納得できる形で合意に至ることを「示談の成立」と呼びます。示談が成立し、被害者の方が加害者を許す(宥恕する)意思を示してくれれば、被害届の取り下げに向けて大きく前進できます。示談交渉も、加害者本人ではなく、弁護士を介して進めることが、円滑な合意形成とトラブル防止のために不可欠です。

ステップ3:被害届取下書を作成し警察に提出してもらう

示談が成立し、被害者の方が被害届の取り下げに同意してくれた場合、最終的な手続きとして「被害届取下書」の作成と提出が必要になります。この取下書は、被害者の方が自身の意思で被害届を取り下げることを警察に伝えるための正式な書面です。

通常、加害者側(多くは弁護士)が取下書の原案を作成し、被害者の方に内容を確認してもらった上で、署名・捺印を依頼します。重要なのは、この被害届取下書を提出するのは「被害者本人」であるという点です。加害者やその弁護士が代理で提出することはできません。被害者の方が取下書を警察署に提出することで、正式に被害届の取り下げが完了します。この一連のプロセスも、弁護士のサポートを受けることで、適切かつスムーズに進めることができます。

示談交渉の進め方と成功のポイント

刑事事件における被害届の取り下げを目指す上で、最も重要なステップの一つが「示談交渉」です。示談交渉は、単に金銭を支払えば良いというものではなく、被害者の心情への配慮、法的な知識、そして適切な手続きが求められます。このセクションでは、示談とは何かという基本的な定義から、示談金の相場、そして法的に有効な示談書に記載すべき項目まで、示談交渉を成功に導くための具体的な知識とポイントを詳しく解説します。これらの情報を理解することで、示談交渉の全体像を正確に把握し、不安なく交渉に臨めるように構成しています。

示談とは?|刑事事件における当事者間の和解

刑事事件における「示談」とは、加害者と被害者の間で、事件を民事上で解決するための私的な和解契約を指します。これは、当事者間の合意に基づいて、加害者が被害者に謝罪し、損害の賠償として示談金を支払うことで、被害者が加害者の行為を受け入れ、刑事的な処罰を求めない(宥恕する)という約束を交わすものです。

示談は、裁判所を介さず当事者同士で話し合い、合意に至ることで成立します。この和解によって、被害者は精神的・経済的損害の回復を図り、加害者は刑事手続きにおける自身の立場を有利に進めることができるという、双方にとってメリットのある解決策となりえます。特に、被害者が加害者の処罰を望まないという意思表示は、その後の警察や検察の捜査、ひいては起訴・不起訴の判断に大きな影響を与える重要な要素となります。

示談金の相場は?|犯罪の種類や被害の程度で決まる

「示談金の相場はいくらなのか」という疑問は、示談交渉において最も多くの方が抱く関心事ではないでしょうか。しかし、示談金に法的な定価というものは存在しません。示談金の金額は、事件の種類、被害の程度、加害者の資力、地域性、そして被害者の処罰感情など、様々な要素を総合的に考慮してケースバイケースで決定されます。

例えば、窃盗事件では被害品の実損害額に加えて精神的苦痛への慰謝料が上乗せされ、数十万円程度が目安となることがあります。暴行事件の場合、被害者の怪我の程度(全治日数や治療費)によって大きく変動し、数十万円から重傷の場合は数百万円に及ぶこともあります。痴漢事件では、被害者の精神的苦痛が大きく影響するため、30万円から100万円程度が一般的な相場として挙げられることが多いです。ただし、これらはあくまで一般的な目安であり、個々の事件の具体的な状況によって増減します。

示談交渉においては、被害者側の感情や要求も大きく影響するため、必ずしも客観的な損害額だけで決まるわけではありません。被害感情が強い場合や、被害者が示談に応じることに難色を示している場合は、相場よりも高額な示談金を提示せざるを得ないこともあります。そのため、具体的な金額を提示する前に、弁護士と相談し、事件の特性や類似事件の判例などを踏まえた上で、適切な金額を検討することが非常に重要です。

示談書に盛り込むべき重要な項目

示談交渉がまとまった場合、その合意内容を明確にし、将来的なトラブルを避けるために「示談書」を必ず作成することが重要です。口約束だけでは、後になって「言った」「言わない」の水掛け論になったり、新たな請求をされたりするリスクがあります。法的に有効な示談書には、以下の重要な項目を盛り込む必要があります。

当事者の特定:加害者と被害者の氏名、住所、連絡先などを明記します。

事件の特定:いつ、どこで、どのような事件が発生したのかを具体的に記載し、対象となる事件を明確にします。

示談金の金額と支払方法:合意された示談金の総額、支払期日、支払方法(一括払いか分割払いか、振込先など)を詳細に定めます。

被害届の取り下げ・告訴の取消(宥恕文言を含む):被害届が提出されている場合はその取り下げを、告訴されている場合は告訴の取り消しを明確に合意する旨を記載します。また、「加害者を許し、刑事処罰を求めない」という被害者の宥恕意思を明記することが極めて重要です。

清算条項:本示談によって、本件に関する一切の債権債務関係が解決し、今後お互いに金銭その他の請求をしないことを明確にする条項です。これにより、将来的な追加請求を防ぎます。

守秘義務条項:示談の内容や事件に関する情報を第三者に漏らさないことを約束する条項です。加害者のプライバシー保護のために重要となります。

接触禁止条項:加害者が被害者に直接連絡したり、接触したりしないことを約束する条項です。被害者の安全と安心を確保するために設けられます。

これらの項目を漏れなく、かつ法的に有効な形で記載することで、示談書は強力な証拠となり、加害者の刑事手続きにおいても有利に働きます。弁護士に示談書作成を依頼すれば、これらの重要項目が適切に盛り込まれ、加害者の利益が最大限に守られるようになります。

加害者がやってはいけない!示談交渉における3つの注意点

示談交渉を成功させ、被害届の取り下げを実現するためには、加害者ご自身が避けるべき行動があります。不適切な言動は被害者の感情をさらに逆なでし、交渉を頓挫させるだけでなく、加害者ご自身の立場をさらに悪化させてしまうリスクもはらんでいます。ここでは、示談交渉において絶対に避けるべき3つの注意点についてご説明します。

注意点1:被害者本人に直接連絡を取ろうとすること

被害届が提出された後、加害者が直接被害者の方に連絡を取ろうとすることは絶対に避けるべきです。被害者の方にとっては、加害者からの連絡は恐怖や苦痛を再燃させる行為に他なりません。ストーカー行為とみなされたり、反省していないと受け取られたりする可能性が非常に高く、かえって被害者の方の処罰感情を増幅させてしまう結果になりかねません。

示談交渉の申し入れは、必ず弁護士を介して行うのが原則です。弁護士が間に入ることで、被害者の方の心理的負担を軽減し、冷静かつ客観的な対話の場を設けることができます。自身の感情に任せて行動せず、まずは信頼できる弁護士にご相談ください。

注意点2:脅迫や強要ととれる言動で取り下げを迫ること

示談交渉において、被害届の取り下げを強要するような高圧的な態度や言動は、決して許されるものではありません。例えば、「取り下げないと家族に危害を加える」「会社に迷惑をかける」といった発言は、示談交渉を不可能にするだけでなく、「強要罪」や「脅迫罪」といった新たな犯罪を構成する可能性があります。

被害者の方の意思を尊重し、あくまで低姿勢で、誠意を持って交渉に臨むことが重要です。示談は、あくまで当事者間の合意に基づいて成立するものですから、相手の意思を無視して取り下げを迫るような行為は、信頼関係を完全に損ない、事態をさらに悪化させるだけであることを肝に銘じてください。

注意点3:口約束だけで済ませようとすること

示談が成立した際には、必ず書面(示談書)を取り交わすことが極めて重要です。口約束だけで済ませてしまうと、後になって「言った」「言わない」の水掛け論になったり、示談金の追加請求や、再度被害届を提出されるといったトラブルに発展するリスクがあります。

示談書は、合意内容を明確にし、加害者と被害者双方の権利と義務を法的に保障する重要な文書です。また、刑事手続きにおいても、検察官や裁判官が示談成立の事実を判断する上で、客観的な証拠として提出されます。後々のトラブルを回避し、確実に示談の効果を得るためにも、示談書の作成は専門家である弁護士に依頼し、厳密に行うようにしてください。

示談交渉は弁護士への依頼が不可欠な理由

被害届の取り下げは、加害者にとって刑事処分を回避したり、軽減したりするための重要な手段です。しかし、その鍵となる示談交渉は、加害者自身で行うには多くの困難が伴います。被害者との直接交渉は感情的な対立を生みやすく、法的な知識なしに進めることはかえって状況を悪化させるリスクを伴います。そのため、弁護士に依頼することが、示談交渉を成功させ、被害届の取り下げを実現するための事実上不可欠な選択肢となります。

被害者の感情に配慮した冷静な交渉が可能

加害者の方が直接被害者の方と示談交渉に臨むと、お互いに感情的になりやすく、冷静な話し合いが困難になるケースが少なくありません。被害者の方からすれば、加害者の方と顔を合わせること自体が苦痛であり、過去の出来事を思い出させる原因にもなりかねません。

弁護士が第三者として示談交渉に介入することで、こうした感情的な衝突を避けることができます。弁護士は客観的な立場から、被害者の方の心情に最大限配慮しつつ、法的な根拠に基づいた冷静な交渉を進めることが可能です。これにより、被害者の方の処罰感情を不必要に刺激することなく、円滑な対話を通じて示談成立への道筋をつけることができます。専門家である弁護士が丁寧に対応することで、被害者の方の信頼を得やすくなり、交渉がスムーズに進む可能性が高まります。

捜査機関から被害者の連絡先を入手しやすい

示談交渉を始めるためには、まず被害者の方の連絡先を知る必要があります。しかし、警察や検察といった捜査機関は、加害者本人に被害者の方の個人情報を教えることは原則としてありません。これは、被害者の方の安全を確保し、二次被害を防ぐための重要な措置です。

このような状況でも、弁護士が介入すれば状況は大きく変わります。弁護士が「示談交渉のため」という明確な目的を捜査機関に伝え、被害者の方の同意が得られれば、警察官や検察官を通じて連絡先を教えてもらえるケースが多くあります。弁護士がいなければ、そもそも交渉のスタートラインにすら立てず、示談を進めること自体が非常に困難になる可能性があるのです。

適切な内容の示談書を作成し、後のトラブルを防ぐ

示談交渉が成立しても、その内容を口約束だけで済ませてしまうと、後になって「言った」「言わない」の水掛け論になったり、別のトラブルに発展したりするリスクがあります。示談交渉の成果を確実なものにするためには、法的に有効な「示談書」を作成し、書面で合意内容を残すことが極めて重要です。

弁護士は、加害者の方の利益を最大限守りつつ、将来的な民事上および刑事上のリスクを回避するための適切な示談書を作成する専門知識を持っています。例えば、示談金や慰謝料の支払いだけでなく、二度と請求しないことを約束する「清算条項」や、被害者の方が加害者の方の処罰を望まないことを明確にする「宥恕(ゆうじょ)文言」など、示談交渉を円満に終結させるために不可欠な条項を漏れなく盛り込むことができます。このような専門的な書面作成は、法律の専門家である弁護士ならではの強みであり、後のトラブルを未然に防ぐ上で欠かせない役割を果たします。

被害届が取り下げられない場合のリスクとは?

これまで被害届が取り下げられることのメリットについて解説してきましたが、もし示談交渉が不成立に終わり、被害届が取り下げられなかった場合、加害者は非常に厳しい状況に直面する可能性があります。被害者の処罰感情が高いままであれば、刑事手続きが進行し、日常生活や社会生活に深刻な影響を及ぼす事態に発展しかねません。ここでは、示談交渉が不調に終わった場合に加害者が負うことになる具体的なリスクについて詳しく見ていきましょう。

逮捕・勾留され身体拘束が長引く

示談交渉が不成立となり、被害者の処罰感情が解消されないままであると、捜査機関は「加害者が被害者に接触して危害を加えるおそれがある」「証拠を隠滅するおそれがある」「逃亡するおそれがある」といった判断をしやすくなります。その結果、逮捕や勾留といった身柄拘束を受ける可能性が著しく高まります。逮捕されれば最大72時間、その後勾留されればさらに最大20日間、合計で最長23日間もの間、警察署の留置施設や拘置所で身体を拘束されることになります。

身体拘束が長期化すれば、会社への出勤ができなくなり、職を失うリスクが生じます。また、家庭を持つ方であれば、家族との連絡も制限され、精神的な負担も大きくなるでしょう。たとえ最終的に不起訴になったとしても、この間の社会生活への影響は計り知れません。示談交渉の失敗は、このような物理的、精神的な拘束のリスクを飛躍的に高めることにつながるのです。

起訴されて前科がつく可能性が高まる

被害届が取り下げられなかった場合の、加害者にとって最大の、そして最も避けたいリスクは、検察官によって起訴され、「前科」がつく可能性が著しく高まることです。検察官は、事件を起訴するかどうかを判断する際に、被害者の処罰感情の有無を非常に重視します。示談が成立しておらず、被害者が加害者の処罰を強く望んでいる状況では、検察官は「この事件は起訴すべきである」と判断する傾向が強まります。

一度起訴されてしまえば、日本の刑事裁判における有罪率は極めて高く、統計上99.9%が有罪となります。つまり、起訴はほぼ確実に有罪判決と前科を意味するのです。前科がつくことは、その後の人生においてさまざまな不利益を被る可能性があります。例えば、特定の職業に就けなくなったり、海外渡航が制限されたりする場合があります。また、社会的な信用を失い、人間関係にも亀裂が入るおそれもあります。示談交渉の不成立は、このような深刻な結果を招く可能性が非常に高いことを理解しておく必要があります。

被害届の取り下げに関するよくある質問

被害届の取り下げは、加害者の方にとって非常に重要なプロセスです。しかし、実際に手続きを進める上で、さまざまな疑問や不安が生じることでしょう。ここでは、被害届の取り下げに関してよくある質問とその回答をまとめました。具体的な状況に即した実践的な疑問を解消し、適切な対応をとるための参考にしてください。

Q. 被害届が出されているか確認する方法はありますか?

残念ながら、一般の方が警察に直接問い合わせて、自分に対する被害届の有無を確認することはできません。警察は捜査情報の秘匿性を重視するため、原則として被害届の有無や内容を関係者以外に開示することはないからです。多くの場合、自身が被疑者として警察から任意での出頭要請や連絡を受けて初めて、被害届が出されている事実を知ることになります。

しかし、弁護士に依頼している場合は状況が異なります。弁護士は法律の専門家として、警察に対し、事件の状況や被害届の有無について照会を行うことができます。この照会によって、警察が被害届の存在を弁護士に伝えるケースもありますので、不安な場合は早期に弁護士へ相談することをおすすめします。

Q. 被害届の取り下げに期限はありますか?いつまでに行うべき?

被害届の取り下げに、法律上の厳密な「期限」は設けられていません。しかし、加害者の方の刑事処分に与える影響を考えると、取り下げは「早ければ早いほど良い」というのが結論です。

特に重要なのは、検察官が起訴・不起訴の判断を下す前、つまり「起訴前」の段階で示談を成立させ、被害届を取り下げてもらうことです。この段階で取り下げが実現すれば、検察官が「被害者の処罰感情が薄い」と判断し、不起訴処分となる可能性が格段に高まります。不起訴になれば前科が付くことを避けられます。

すでに逮捕・勾留されている場合でも、取り下げによって釈放されたり、在宅事件に切り替わったりする可能性が高まります。一方、起訴されて裁判が始まってしまった後でも、取り下げは「有利な情状」として考慮され、刑罰が軽くなる可能性はありますが、不起訴処分を得ることは難しくなります。そのため、刑事手続きのどの段階にいても、とにかく迅速な行動が求められます。

Q. 一度取り下げられた被害届が再提出されることはありますか?

原則として、一度被害届が取り下げられ、さらに適切な示談書(特に「清算条項」や「宥恕(ゆうじょ)条項」を含むもの)が締結されていれば、同じ事件について被害者が再び被害届を提出することはできないと考えることができます。清算条項は、当事者間に示談書に記載された内容以外の債権債務関係がないことを確認するもので、これにより将来的な追加請求を防ぎます。

しかし、示談の条件、例えば示談金の分割払いが滞るなどの契約不履行があった場合や、加害者が再び被害者に対して何らかの迷惑行為を行った場合などは、示談が無効と判断されたり、新たな被害として別の被害届が提出されたりする可能性もゼロではありません。そのため、示談内容を誠実に履行し、再び被害者と接触しないなど、約束事を遵守することが非常に重要です。

Q. 示談金が高額で支払えません。どうすれば良いですか?

示談金が高額で支払いが困難な場合でも、決して諦める必要はありません。まずは弁護士を通じて、被害者側と誠実に交渉することが重要です。弁護士は、加害者の方の経済状況を考慮した上で、以下のような対処法を被害者側に提案することができます。

一つは、示談金の「分割払い」を依頼することです。一括での支払いが難しくても、毎月無理のない範囲で少しずつ支払うことで、被害者の方も柔軟に応じてくれる可能性があります。もう一つは、「支払期限の猶予」を求めることです。一時的に資金繰りが厳しい時期がある場合、一定期間支払いを待ってもらうよう交渉します。

また、全額の支払いが難しい場合でも、支払える範囲で最大限の誠意を示すこと、そして丁寧な謝罪文を提出することも非常に効果的です。示談金だけでなく、加害者の反省の態度が、被害者の処罰感情を和らげる上で大きな影響を与えることがあります。経済的な理由で示談を躊躇せず、まずは弁護士に相談し、最も現実的な解決策を一緒に探していくことが肝心です。

まとめ:被害届の取り下げは早期の示談交渉が鍵!まずは弁護士へ相談を

これまでお伝えしてきた通り、被害届は被害者の方の意思によって取り下げが可能です。加害者として刑事処分を少しでも軽くしたい、あるいは前科を避けたいと考える場合、この被害届の取り下げは極めて重要な意味を持ちます。

被害届の取り下げが実現すれば、逮捕や勾留を回避できる可能性が高まるだけでなく、検察官が不起訴処分とする判断材料となり、また万が一起訴されたとしても裁判で有利な情状として考慮されます。しかし、被害届の取り下げは、単に「取り下げてほしい」とお願いするだけでは実現しません。

被害者の方へ誠心誠意謝罪し、その上で適切な示談交渉を通じて信頼関係を構築し、被害届取下書を提出していただくという複雑なプロセスが必要です。特に、示談交渉は加害者の方が直接行おうとすると、感情的な対立や新たなトラブルに発展するリスクが高いです。また、捜査機関が被害者の方の連絡先を加害者本人に教えることは通常ありません。

そのため、被害届の取り下げを目指す上で何よりも大切になるのが、専門家である弁護士のサポートです。弁護士は、被害者の方の心情に最大限配慮しながら冷静に示談交渉を進め、法的に有効な示談書を作成することで、将来のトラブルを未然に防ぎます。また、捜査機関との連携を通じて被害者の方の連絡先を入手し、示談のテーブルに着くための道筋をつけられます。

もし被害届が出されてしまっている、あるいは今後出される可能性があるとお悩みの場合は、一日も早く弁護士にご相談ください。迅速な対応が、自身の未来を守るための最善策となります。

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