2019年12月03日
1 はじめに
痴漢冤罪という言葉が世の中に浸透して久しくなりましたが、いまだに電車内など公共の場所での痴漢行為によって逮捕・勾留される事案が後を絶たず、現代社会は、男性は誰もが痴漢の容疑者となりうる時代となっています。以下では、電車で痴漢の容疑をかけられた場合、刑事事件の専門弁護士の観点から、どのような行動をとることで、適切に痴漢冤罪事件を回避できるのか、ご説明します。
2 痴漢冤罪で逮捕されるとどうなるのか
⑴ 逮捕後の流れ
痴漢事件の被疑者として現行犯逮捕された場合、現行犯逮捕されてから少なくとも48時間は身柄を拘束され、外にでることはできず、何時間も警察での取り調べを受けることになります。
そして、身柄を検察庁に移され(一般に言う「送検」という手続です。)、検察官の勾留請求という手続を受けることになります。ここで、勾留とは、事件の捜査のためさらに被疑者の身柄を拘束する手続であり、勾留請求が認められると、10日間の身柄拘束を受けることとなります。また、勾留には延長が認められており、最大で10日間の延長請求が認められています(合計20日間まで)。
20日間もの欠勤が続けば、会社員の方であれば、たとえ冤罪であったとしても事実上会社を続けることは難しいのが通常と思われます(場合によっては、10日間の勾留で済んだとしても、懲戒解雇となる方もいるでしょう。)。このような事情もあり、一日も早く外に出るため、冤罪と知りながらも、泣く泣くやっていない犯行を認める方も中にはいらっしゃいます。
仮に、勾留されずに釈放され、最悪の事態を防ぐことができたとしても、痴漢冤罪で無罪判決を勝ち取るのは容易なことではありません。満員電車という密室の中では、自分の潔白を証明する証拠を得づらい状況にあることから、被害者の証言を覆すことは容易でないからです。裁判で負ければ、性犯罪の前科がつくこととなり、前科は、一生消えることなく残り続けます。
⑵ 事件に巻き込まれないための心構え
このように、痴漢冤罪の被疑者が被る不利益は、極めて甚大なものです。しかも前述のとおり、一旦、痴漢冤罪に巻き込まれてしまうと、たとえ無罪であることを証明できたとしても、身柄拘束や、刑事裁判の過程で、多くのものを失いますし、弁護士に支払う弁護士費用もばかになりません。
しかも、「自分には痴漢などという性癖はないから大丈夫」と思っていても、満員電車では真犯人によって罪の擦り付けなども行われているように、男性は誰もが痴漢冤罪に巻き込まれる可能性があります。
そのため、満員電車では、そもそも痴漢と疑われないよう、疑われる可能性を少しでも下げることが最も有効なので、女性に密着する状態は避けてください。とはいえ、途中の駅で乗客が入れ替わると、女性の方から密着してくることもあります。我々、弁護士が扱うケースでも、被害者に手を取られてしまったことがきっかけとなり、犯人と間違われてしまうことが多いので、本を読んだり、スマートフォンを操作するふりをするだけでも良いので、両腕は常に上げておくのが基本です。
3 痴漢冤罪にまきこまれた場合
しかしながら、どれほど気を付けていたとしても、痴漢冤罪に巻き込まれる可能性はないとはいえません。その場合、どのような対処法が適切か、以下では場面ごとに検討します。
⑴ 事件発生直後
まずは被害女性による被害申告があり、被害者や目撃者によって駅員を呼ばれると、その駅員から事情を確認したいなどと言われ、すぐに駅員室に連れていかれることが多いと思います。巷では、駅員室に入ってしまうと逃げられなくなるので、駅員室に入ることは絶対に拒否するべきという情報を耳にします。確かに、駅員室に入らずに、何とかその場を後にすることができれば、それに越したことはありません。
ただ、人の往来の多い駅から逃走することは容易ではなく、相応のリスクを伴います。仮に、運よく、その場をやり過ごすことができたとしても、駅及び駅周辺には、いくつもの防犯カメラが設置されており、逃走した被疑者の特定はさほど難しいことではないので、後日、捜査機関が逮捕状をもって通常逮捕に来る可能性が高いです。
しかも、現場から逃走した事実が、動かぬ証拠として残りますので、証拠隠滅のおそれや、逃亡のおそれありとみなされ、長期間の身柄拘束が認められやすくなりますし、裁判においても供述の信用性が低く見られ、無罪判決を勝ち取る可能性が絶望的となります。
もっとも、駅員室では、まだ携帯電話を押収されていないので、電話で弁護士に相談するチャンスがあります。最近では、弊所をはじめ、電話で簡単なアドバイスをしてくれる弁護士へのアクセスも用意ですので、電話で弁護士と相談する手段があるということも覚えておくとよいでしょう。
⑵ 警察への対応
警察への対応が必要となるのは、事件が発生して間もなく、駅員室に警察が到着してからと思われますが、この時点で、早くも犯行を認めるかどうかの岐路に立たされます。すなわち、冤罪を理由に犯行を否定した場合、警察としては現行犯逮捕する傾向にあり、ここで犯行を否認することによって、今後の逮捕リスクが高まるからです。
また、前述したとおり、逮捕された場合には、10日間の勾留をするかどうかを決定します。この際、事実を認めていないからといって必ずしも釈放されないわけではありませんが、一般論としては、犯行を認めている被疑者の方が、勾留請求されずに釈放される可能性が高まります。痴漢冤罪で警察を呼ばれてしまった場合、ここでどのような対応をすべきか、万一の場合の回答を予め用意しておくのが非常に重要となります。
もちろん、多くの人は、捕まったときの心構えなどない状態で、突然、痴漢冤罪事件に巻き込まれるのが通常ですから、とっさに冤罪を主張してしまい、現行犯逮捕されることが少なくありません。ただ、その場合でもあきらめる必要はありません。
確かに、現行犯逮捕されてしまうと48時間の身柄拘束は覚悟しなければならないものの、すぐに弁護士に依頼し、適切な弁護活動を行えば、勾留請求がされず(あるいは同請求が裁判官によって却下され)、早期に釈放される可能性は十分にあります。
実際、弊所においても弁護士とご家族で外部との対応を打合せた上で、2~3日身柄拘束されたにもかかわらず、痴漢冤罪で逮捕されたことを会社などに伏せたまま、日常生活に戻ることができた方も多くいらっしゃいます。
4 最後に
以上ご説明したとおり、一度、痴漢の容疑をかけられ容疑者となってしまうと、結果的に無罪判決を勝ち取ることができたとしても、多くのものを犠牲にすることを強いられます。
他方で、痴漢事件は、被害者との示談が成立すれば、多くの場合、不起訴処分によって終わらせることができますので、裁判で無罪判決を勝ち取る必要もありません。しかも、不起訴処分は、前科として残らないため、同処分獲得後はこれまでと同じ生活に戻ることができます。
また、起訴されれば99.9%以上の有罪率を誇るのが日本の刑事司法であり、無罪判決を勝ち取るのは成功の期待値が極めて低い一方、弁護人による示談の成立率は90%を超えますので(※弊所の過去の実績からです。)、被害者との示談を目指すのが、冤罪の被疑者にとって最も良い結果が得られる可能性が高いといえます。
もちろん示談を成立させるためには、示談金が必要となりますが、金銭によって痴漢冤罪による危機を回避することができますので、選択肢の一つとして検討する必要があります。
痴漢冤罪で逮捕された、釈放されたけれどもその後、どのように対応すればよいかわからないという方は、できる限り速やかに弁護士に相談なさることをお勧めします。
この記事を書いたのは
- 弁護士篠田 匡志
- 第一東京弁護士会 所属
- 経歴
- 立教大学法学部卒業
慶應義塾大学法科大学院卒業
金沢市にて総合法律事務所勤務
春田法律事務所入所
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