痴漢事件の証拠にはどのようなものがあるのか?

最終更新日: 2021年07月08日

はじめに

痴漢を疑われた場合,有罪になるリスクでご不安かと存じます。そのため,捜査機関側がどのような証拠を公判廷で提出するのか,裁判所はそれらの証拠をどのように評価するのかが気になるものと思われます。

そこで,今回は,痴漢事件に関する証拠についてご説明します。

客観証拠と供述証拠

証拠には,物的証拠と供述証拠がありますが,痴漢事件は,後述のように目撃者供述・被害者供述,被疑者供述のどちらが信用できるのか,という観点が裁判所の判断の枠組みとなることが多いといえます。

痴漢事件の証拠

被疑者のDNAが被害者の着衣に付着しているか

生体データも証拠となります。警察は,被疑者のDNAを採取することが多いです。生体データという物的証拠となります。

被疑者のDNAが被害者の着衣から検出されれば,被疑者の身体のうちのどこかが被害者の着衣に触れたことを推認させる証拠があるわけですから,接触自体は認定される可能性が高いと考えられます。

他方で,被疑者のDNAが被害者の着衣から検出されなかった場合は触れた物的証拠がないとして直ちに無罪となるでしょうか。

これについては,「仮に対象を手で触れた場合でもその者のDNA型が検出されない可能性は十分にあるといえ,被告人が被疑者を触っていないことの証左とはならない。この点は,被告人が被害者を触った事実を積極的に裏付ける物的証拠等の客観的証拠が存しないことを意味するにとどまる。」というように,直ちに,触っていないことが認定されるわけではないのです。

 繊維鑑定

警察は,被疑者の手から繊維を採取することが通常です。

それでは,繊維が被疑者の手から検出されなかった事実はどのように評価されるのでしょうか。

ある衣服に触れた者の手指から当該衣服の繊維の痕跡が検出されるかどうかは,接触行為の態様や衣服の繊維の種類・性状,接触時の接触者の手指の湿り気の状態,接触から付着物の採取に至るまでの時間や場所的移動の有無,その間の接触者の挙動,採取状況等の様々な事情により左右されます。

そのため、手指の付着物から当該衣服の繊維の痕跡が検出されなかったからといって,直ちに触っていないと認定されるわけではありません。

しかし,DNAの場合と同様に,物的証拠が存在しないことを意味するということになりますから,裁判所としても,被害者供述の信用性は特に慎重に判断する必要があります。

防犯カメラ映像

路上における痴漢事件の場合は,犯行の瞬間を映した防犯カメラ映像があるケースもあります。

被害者に近づくまでの挙動や接触したと思われる時点での被害者,被疑者の挙動が映っている物的証拠ですから,被害者供述,被疑者供述を吟味してどちらのストーリーが物的証拠と一致していて自然かという観点で判断されることになります。

目撃者供述

目撃者の供述は,被害者,被疑者以外の第三者の供述ですから,虚偽の供述をする動機が一般的に低いといえます。したがって,重要な証拠であるといえます。

とはいえ,目撃者供述の信用性も,個別具体的に,何をみたのか(犯行そのものは見ていない場合も多い),被害者との人的関係(友人であるなど)によるバイアスがかかっていないか,初期の供述と捜査が進んでいくにしたがって,被疑者,被害者の供述とすりあわせる形で供述内容が変わっていないか,という観点での評価は重要です。

被害者供述

あえて虚偽の申告をして被告人を罪に陥れる動機はあるのかという観点がありますが,痴漢事件については,被疑者と被害者との間に人的関係,面識がないことが多く,それゆえに虚偽供述の動機はないと裁判所が考えることがあります。

被害者の供述について,捜査機関側は供述調書として何度も書面に残しますが,初期の供述は,その後の捜査の進捗状況に影響されていないので重要なものです。

被害者の供述内容については,視認状況,電車の込み具合,電車内での立ち位置,被害にあったと気づいた状況,何があたったのかといったものです。

冤罪事件の場合,被害者は被害にあったことは事実だとしても,犯人違いの可能性がある,手があたったわけではない可能性がある等の観点から弁護士と被疑者の方で,被害者の個別具体的な供述を吟味していく必要があります。

被害者が述べる行為態様によっては,「一見不審というべき挙動を隠しようもないから,かなり発覚のリスクが高い痴漢行為の方法を選んだことになる。しかし,本件当時の被告人が置かれた状況も踏まえると,被告人が高いリスクを冒してそのような方法で電車内での痴漢行為に及ぶことがあり得るのかという素朴な疑問も生じるところである。」というように冤罪方向で裁判所が考慮することがあります。

被疑者供述

捜査段階においては,警察,検察から被疑者の取調べが行われますが,被疑者の方の対応としては,原則黙秘することが冤罪事件の場合の対応になります。被疑者の方の言い分は,正式な裁判の場,すなわち公判廷で供述して裁判官に聞いてもらえばよいのです。

捜査段階で被疑者が供述することには,デメリットとして,被疑者の供述を踏まえた上で,被害者供述を捜査機関側が説明がつくように誘導する危険性があります。 

徹底的に冤罪を主張する上で,黙秘することが最良の方法ではありますが,逮捕,勾留という身柄拘束がネックとなります。逮捕,勾留は有罪無罪とは本来無関係ですが,黙秘していると勾留を認める方向で考慮する裁判官もいるためです。

そのため,仕事等社会生活上の不利益があまりにも大きいため,どうしても勾留を避けることが急務という場合の対応は悩ましい問題です。

本来は,このようなことがあってはならないと感じていますが,裁判官の判断の実情を踏まえて対応することも被疑者の方の利益を考えると,必要な場合があることは否定できません。

被疑者の方で話はするが,署名押印を拒否して供述調書を作らないという形もあります。ただし,現在は,取調べを録音録画もすることもあり,その場合,同録音録画が警察,検察側の証拠として使われるおそれがあります。

そこで勾留請求段階では,黙秘のままで,不服申立である準抗告の段階で方針を変えるのも一つの方法です。どの地方裁判所かによって,身柄拘束の判断には大きな違いがありますので判断傾向次第で対応をよく検討する必要があります。

うそ発見器について

警察から被疑者に対して,うそ発見器をやりたいということがありますが,証拠としての信用性が乏しい上,うそ発見器で冤罪方向の結果だったとしても警察,検察側で同結果を重視するとも思えないので,応じる必要はありません。

逆に冤罪にもかかわらず,動揺してうそ発見器に反応が出た場合,その結果に基づき虚偽の自白を迫られるおそれがあります。

痴漢事件の証拠はいつみることができるのか

捜査機関側が収集している痴漢事件の証拠については,正式な裁判が始まるまで被疑者や弁護人は目にすることができません。そのため,どのような証拠が想定されるか,被害者はどのように供述しているかについて,裁判が始まるまでの間は経験に基づいて手探りで対応するしかないのが現状です。

捜査段階で,被疑者側が原則黙秘で対応すべき理由はこの点にもあります。被疑者側が捜査機関に対して供述すると,その供述内容をカバーして有罪にできるように,捜査機関側が証拠を準備できるからです。捜査機関側があらためて用意できる証拠には,被害者供述や目撃者供述も含まれます。

最後に

以上,冤罪の場合に痴漢事件の証拠について述べさせていただきましたが,無料相談を行っている弁護士もおりますので,痴漢を疑われた場合まずは刑事事件の経験が豊富な弁護士にご相談ください。

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