薬物犯罪と執行猶予、海外渡航
最終更新日: 2025年12月15日
はじめに
日本の薬物犯罪の特徴として、約7割が覚せい剤事犯(覚醒剤事犯)という点があります。もっとも、近時、大麻事犯の検挙数が増えており、とりわけ未成年者(少年)や20代の若者が被疑者となるケースが激増しています。
我々弁護士への相談、依頼も高校生や大学生による大麻事犯(ほとんどは所持事件)の少年事件が非常に増えています。
それだけ街中で多くの大麻が流通しており、海外アーティストや映画・ドラマの影響を受けて、興味本位で大麻に手を出す若者が増えているのでしょう。
ところが、そのように安易に手を出した結果、学校を退学になり、本人、家族の生活が一変してしまうことになります。
今回は薬物犯罪の情勢を見つつ、薬物犯罪と執行猶予についてご説明します。
薬物事件の検挙数、再犯率
薬物事件の検挙人員のうち約70%は覚せい剤取締法違反、約25%が大麻取締法違反、その他3%ほどが麻薬及び向精神薬取締法違反となっており、覚醒剤事犯と大麻事犯で検挙件数の95%以上を占めています。
覚せい剤取締法違反事件の検挙人員の約半分は暴力団構成員で、未成年者や20代の検挙は少ないのに対し、大麻取締法違反事件は検挙人員の約50%が未成年者(少年)や20代という若年層が占めている特徴があります。
覚せい剤取締法違反事件の検挙者のうち約65%が何らかの前科がある者で、うち約25%が覚せい剤取締法違反の再犯者です。このように覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けても4人に1人が再犯をしてしまうということであり、再犯率は非常に高いといえます。
また、危険ドラッグについては、平成27年に検挙人員が倍増しましたが、その後、年々減少し平成30年には平成27年の約3分の1にまで減少しています。
薬物事件は初犯であれば必ず執行猶予が付く?
薬物事件は初犯なら執行猶予がつくと聞くことがよくあります。初犯であっても営利目的がある場合や、輸入・製造の場合には実刑判決となる可能性が高く、執行猶予判決となる可能性は低いといえます。
確かに、初犯の単純所持・使用事件の場合には、執行猶予が付く可能性は高いといえます。
もっとも、初犯であっても実刑判決となる可能性はあります。例えば、所持量が多く自己使用目的に疑義があるケース、生活状況が不安定なケースなどです。
弁護士は刑事裁判で被告人に有利な情状、つまり犯行後の有利な事情を示して行く必要があります。
一つは、薬物をやめるための行動、もう一つは生活の見直しです。
薬物をやめるための行動としては専門病院で依存症治療を受けること、自助グループに参加すること、これらに協力する家族など近親者の存在が挙げられます。依存にも段階がありますので、その段階に応じた適切な再犯防止計画を立てることになります。
また、生活の見直しについては、なぜ薬物に手を出すようになったのかという被疑者・被告人の生活状況の問題点、仕事もせずに気ままな生活を送っていた、違法薬物に関係する交友関係などを正していく行動が必要となります。
薬物事件の執行猶予中の再犯
薬物事件では執行猶予中に再び違法薬物に手を出してしまったというケースによく出会います。我々弁護士にも再度の執行猶予をとれないかという相談がよくあります。
再度の執行猶予を得るには、
- 今回の判決が1年以下の懲役刑で、かつ
- 情状に特に酌量すべき事情があること
が必要です。
まず、大麻の単純所持事件であれば、1の要件を満たす可能性もありますが、覚せい剤取締法違反事件の場合には1の要件を満たす可能性は低く、再度の執行猶予はほぼ望めません。
そして、2については、前回の裁判で二度と違法薬物には手を出さないと誓ったはずなのに早くも再犯に及んでしまったのですから、前回裁判とは異なる具体的で説得力のある再犯防止策を裁判所に示すことが最低条件となるでしょう。
執行猶予中の海外渡航、パスポート申請
旅券法は、「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者」についてはパスポート(旅券)を発給しないことができると定めています(第13条1項3号)。
よって、執行猶予期間中にパスポートの発給を申請する場合、発給を拒否されることがあります。執行猶予中の場合、申請時にその旨を申告することになり、虚偽の申告をすると旅券法違反で検挙されます。
もっとも、執行猶予中であれば絶対にパスポートの発給を受けられないわけではなく、審査の結果、発給してもらえる可能性があります。
他方、執行猶予判決を受けてもパスポートの返納は求められませんので、有効期間内であれば海外渡航ができます。
とはいえ、渡航先の国で入国拒否を受ける可能性はあります。短期の旅行であればほとんどの国で犯罪歴の有無は問われませんが、アメリカは薬物犯罪の前科があると入国拒否される可能性が高くなりますが、絶対にビザが取れないというわけでもないようです。
最後に
以上、薬物犯罪と執行猶予、執行猶予中の海外渡航についてご説明しました。
大麻事件も再犯者はしばしば見られるところですが、覚せい剤事件(覚醒剤事件)の被疑者は圧倒的に再犯者が多い傾向にあります。それだけ覚せい剤(覚醒剤)の薬理作用は強く、依存性が高いということでしょう。
覚せい剤(覚醒剤)は慢性依存になりやすい薬物ではありますが、依存性にも段階があり、家族や医師の助けを借りることで依存から抜け出すことはできます。
我々弁護士には、特に初犯で執行猶予判決が期待できるケースでこそ、再犯に至らせないための環境整備に力を尽くすことを期待されます。
薬物事件で被疑者となったときは、刑事事件の経験豊富な弁護士にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 執行猶予判決が出たら、その日のうちに家に帰れますか?
はい、判決が言い渡された直後から身柄の拘束が解かれ、そのまま帰宅できます。
実刑判決の場合はその場で収監されますが、執行猶予付き判決の場合は、法廷から出た瞬間から自由な生活に戻ることができます。 ただし、長期間の勾留で体力が落ちていることも多いため、ご家族などの迎えや、公共交通機関ではなくタクシーの手配などを準備しておくことをお勧めします。
Q. 執行猶予期間中でも、海外旅行に行ったり引っ越しをしたりできますか?
基本的には自由ですが、パスポートの取得制限や、保護観察が付いている場合の制限に注意が必要です。
執行猶予のみ(保護観察なし)であれば、旅行や転居に法的な制限はありません。しかし、有罪判決を受けているため、渡航先の国によっては入国ビザが下りない場合や、日本のパスポート発給に制限(「渡航先・期間を限定したパスポート」になる等)がかかる場合があります。 また、「保護観察付き執行猶予」の場合は、長期の旅行や転居には保護観察官の許可が必要です。
Q. 執行猶予がついたら、医師・看護師・教員などの国家資格はどうなりますか?
資格の種類によっては「欠格事由」に該当し、免許の取り消しや業務停止処分を受ける可能性があります。
医師法、看護師法、教育職員免許法などでは、罰金刑以上の刑(執行猶予含む)を受けた場合を「欠格事由(資格を持てない、剥奪される条件)」と定めているケースが多くあります。 ただし、必ずしも「一律に取り消し」とは限らず、弁護士が意見の聴取手続などで「情状」や「更生の取り組み」を主張することで、最も重い免許取消処分を回避し、業務停止にとどめられる場合もあります。早急に弁護士へご相談ください。
Q. 執行猶予期間中にスピード違反や駐車違反をしたら、刑務所行きになりますか?
軽微な道路交通法違反(青切符レベル)であれば、直ちに執行猶予が取り消されることはほぼありません。
執行猶予が取り消されるのは、期間中に「禁錮以上の刑」に処せられた場合(必要的取消し)や、「罰金刑」に処せられた場合(裁量的取消し)などです。 一般的な交通反則金(青切符)は「刑罰」ではないため、取り消しの対象にはなりません。ただし、無免許運転や飲酒運転、人身事故などの重大な違反(赤切符・刑事裁判になるもの)の場合は、執行猶予が取り消され、実刑になる可能性が極めて高いため、細心の注意が必要です。
Q. 執行猶予期間が満了すれば、「前科」はすぐに消えますか?
「前科」という事実は警察等のデータベースに残りますが、法的な効力(資格制限など)はなくなります。
執行猶予期間を無事に経過すると、「刑の言い渡しは効力を失う」とされ、法律上は刑を受けなかった人と同じ扱いになります(刑法27条)。これにより、資格制限などは解除されます。 しかし、捜査機関の犯罪歴記録(いわゆる前科調書)からは消えませんし、インターネット上のニュース記事なども自動的には消えません。これらが就職活動等で懸念される場合は、ネット記事削除の対応ができる弁護士への相談も検討してください。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。




