不正アクセスが企業にもたらす法的責任と危機管理体制の構築

2025年12月04日

不正アクセスが企業にもたらす法的責任と危機管理体制の構築

近年、企業を狙うサイバー攻撃は高度化の一途を辿り、その中でも不正アクセスは、情報漏洩やシステム停止といった深刻な被害をもたらします。不正アクセスは単なる技術的なトラブルに留まらず、企業の社会的信用を失墜させるとともに、損害賠償請求や行政指導などの法的責任に直結する重大な経営リスクです。

企業には、情報資産を保護するための適切なセキュリティ体制の構築が法的に求められており、この義務を怠ると、インシデント発生時に企業責任が重く問われることになります。本コラムでは、「不正アクセス」によって企業が負う法的責任の種類と、被害を最小限に抑えるための初動対応フロー、そして平時からの予防法務の重要性について解説します。

この記事を監修したのは

代表弁護士 春田 藤麿
代表弁護士春田 藤麿
第一東京弁護士会 所属
経歴
慶應義塾大学法学部卒業
慶應義塾大学法科大学院卒業
宅地建物取引士

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不正アクセスリスクの増大と企業の義務

現代の企業活動において、デジタルアセットは事業の根幹をなす要素であり、同時に不正アクセスという深刻な脅威に晒されています。不正アクセスによる情報漏洩やシステム停止は、企業の社会的信用を失墜させるだけでなく、直接的に法的責任を問われる事態に発展します。

企業には、サイバー攻撃から自社の情報資産と顧客情報を守るための適切なセキュリティ体制を構築し、維持する義務があります。この義務を怠り、インシデントが発生した場合、企業はさまざまな法的・行政的な責任を負うことになります。

不正アクセスによって企業が負う法的責任

不正アクセスを原因とする情報漏洩やシステム障害が発生した場合、企業は主に以下の3つの法的責任を問われる可能性があります。

民事責任:損害賠償

顧客・取引先からの損害賠償請求

不正アクセスによる情報漏洩やサービス停止によって、顧客や取引先に損害を与えた場合、企業は債務不履行責任または不法行為責任に基づき、損害賠償義務を負う可能性があります。特に、個人情報が漏洩した場合、情報の種類や規模に応じて、多額の賠償額となるリスクがあります。

個人情報の漏洩

個人情報保護法は、事業者が保有する個人情報について安全管理措置を求めていますので、それが不十分であった場合、その義務違反を根拠とした損害賠償請求のリスクを高めます。

行政上の責任:行政指導・報告義務

個人情報保護委員会への対応

漏洩した情報が個人情報に該当する場合、企業は個人情報保護法に基づき、個人情報保護委員会への報告義務および本人への通知義務を負います。

この義務を怠ったり、報告内容が不正確であったりした場合、委員会による行政指導立入検査の対象となる可能性があります。

不正アクセス禁止法による対応

直接的に罰則を受けるのは攻撃者ですが、企業は被害者として、被害状況を適切に把握し、捜査機関へ情報提供を行うなどの対応が求められます。

刑事責任(間接的な責任)

  • 不正アクセス行為そのものは、不正アクセス禁止法違反として攻撃者個人が罰せられます。
  • しかし、企業が組織的なセキュリティ体制の不備によって、業務妨害行為などの犯罪行為を容易にしたと判断されるケースでは、業務上の過失などが間接的に問題視される可能性も排除できません。

 不正アクセス発生時の対応フローと専門家の役割

万一、不正アクセスが発覚した場合、被害を最小限に抑え、企業の法的責任を軽減するためには、迅速かつ法的に適切な初動対応が不可欠です。

ステップ

対応内容

法的・実務的ポイント

1. 検知・報告

異常を検知したら、すぐに情報システム部門または責任者へ報告する。

自己判断による電源断や再起動は厳禁原因調査に必要なデジタル証拠が消失するリスクがある。

2. 封じ込め・隔離

感染端末のネットワーク隔離やシステム停止を行い、被害拡大を阻止する。

事業継続性を考慮しつつ、最速での隔離措置が求められる。

3. 専門家への連携

フォレンジック専門会社および情報セキュリティに精通した弁護士へ速やかに連絡する。

弁護士への早期相談は、報告義務の判断公表方針を法的に適切に決定するために不可欠。

4. 証拠保全・原因調査

専門家と連携し、ログやメモリなどのデジタル証拠を確実に保全し、攻撃経路と漏洩範囲を特定する。

証拠保全の成否が、後の捜査協力法的対応(保険適用、損害賠償)の基礎となる。

5. 法的・公的対応

個人情報保護委員会への報告本人通知警察への情報提供・被害届提出を行う。

対外的な公表内容・タイミングは、法的な整合性訴訟リスクを考慮し、弁護士と協議して決定する。

予防措置:法的リスクを低減するための平時からの備え

不正アクセスによる法的責任は、インシデント発生後の対応だけでなく、平時からの予防措置によって大きく軽減することができます。

平時からの体制整備

リスクアセスメントと法令遵守

個人情報保護法、不正アクセス禁止法などの関連法令に基づき、自社のセキュリティ体制の技術的・法的な適切性を定期的に診断する。

契約書・規程の整備

業務委託契約やシステム開発契約において、セキュリティに関する責任範囲機密保持義務、インシデント発生時の通知義務に関する条項を整備し、契約上のリスクを低減する。

インシデント対応計画の策定

万一の事態に備え、法務、広報、IT部門が連携した具体的な対応フロー(マニュアル)を策定し、模擬訓練を実施する。

情報セキュリティ専門弁護士の活用

情報セキュリティに精通し、情報処理安全確保支援士などの専門資格を有する弁護士は、単なる法的な助言に留まらず、技術的な側面も踏まえた実効性のあるセキュリティ体制の構築を支援します。これにより、インシデント発生の予防と、発生時の法的リスクの最小化が実現します。

まとめ:法的責任を回避するためのリスクマネジメント

企業にとって、不正アクセスは単なる技術的なトラブルではなく、企業の存続に関わる法的・経営的な危機です。インシデント発生後に巨額の賠償リスクや行政処分を回避するためには、平時からの予防措置と、有事の際の迅速な対応体制の構築が不可欠です。

特に、セキュリティの専門知識を持つ弁護士と連携し、法務と技術が融合した危機管理体制を整備することこそが、企業が負うべき法的責任に対する最大の防御策となります。

よくある質問(FAQ)

Q:不正アクセス被害に遭った場合、警察への被害届は必ず出すべきですか?

A:警察への被害届の提出は義務ではありませんが、必ず提出するようにしましょう。特にサイバー攻撃の場合には犯人の特定は困難ですが、警察の協力によって、例えば、ランサムウェアによって暗号化されたデータの復号に成功するケースもあります。また、利害関係者への説明において、被害届を提出していないことが事後該当の不備として指摘される恐れがあります。

Q:企業の情報漏洩で生じた損害賠償は、どこまでが企業の責任ですか?

A:企業の責任範囲は、セキュリティ体制の不備の程度、漏洩した情報の種類、被害者への影響など、個別の事情によって判断されます。企業に注意義務違反(不適切な安全管理措置)があったと認められた場合、債務不履行または不法行為に基づき、企業の責任が認められることになります。責任を最小化するためには、日頃から法令遵守に基づいた適切なセキュリティ対策を講じるとともに、インシデント発生時には適切な対応によって被害拡大を阻止することが重要です。

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