介護士はクビにできる!?施設側とワーカー側の両面から弁護士が解説
2022年03月03日
一般に、介護業界は慢性的な人手不足であると言われます。そのため、ほとんどの施設は採用した介護士をできる限り大事にして育てていきたいと考えています。ただ、介護は高齢者と向き合う仕事で、障害を持っている利用者も少なくありません。
そのため、介護士には利用者への細心の心配りや気遣いが必要になってきます。しかし介護士に何らかの問題があり業務に支障が出ている場合、仕事を任せることは困難であるため、最悪の場合クビにすることも考えないといけないかもしれません。
そこで今回は、介護業界に詳しい専門弁護士が、介護士のクビについて施設側とワーカー側の両面から解説します。
介護士をクビにすることは容易ではない
結論からいえば、介護士をクビにすることは容易ではありません。 労働者の解雇については、労働契約法の第16条で
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」
と定められています。これは、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上問題がある場合は、介護士に限らず労働者を解雇できないことを意味します。 また、「社会通念上問題がある」と認められることもハードルが高いです。
たとえセクハラや窃盗などの問題行為があったとしても、それらの行為が犯罪行為として立件されて起訴されない限り、簡単にクビにはできません。 また、介護業界では人手不足の施設が多いことも、介護士のクビが難しい理由の1つです。
厚生労働省老健局の調査によると、66.6%の介護サービス事業者が「従業員不足と感じる」と回答しています。介護士をクビにしても人員の補充は簡単ではないため、施設側の運営に支障をきたしかねないのです。
介護士をクビする上で知っておくべき3つの解雇【施設側】
ここでは、施設が介護士をクビにする上で知っておくべき解雇の種類を3つ解説します。
- 普通解雇
- 懲戒解雇
- 整理解雇
それでは、1つずつ解説します。
普通解雇
解雇の種類の1つ目は、普通解雇です。 解雇とは、施設側の一方的な意思により労働契約を解約することをいいます。
普通解雇は、解雇のうち、労働者が債務の本旨に従った履行をしない場合(つまり,雇用契約における労働者の義務を果たすことができない場合)に行う解雇です。
労働契約法16条で定められた通り、「社会通念上相当であると判断される客観的に合理的な理由」が必要です。具体的には、労働者の極端な能力不足や長期の就業不能などが該当します。
ただ、たとえば能力不足については施設が指導や研修などを十分に実施していないと認められない限り、解雇には客観的に合理的な理由があるとみなされません。
また、就業不能についても、1か月程度では長期の就業不能とは認められない可能性が高いでしょう。 このように、普通解雇を行うための客観的に合理的な理由があると認められるハードルは、決して低くありません。
懲戒解雇
解雇の種類の2つ目は懲戒解雇です。 懲戒解雇とは、労働者が重大な規律違反を犯したため、施設が職場の秩序維持を目的として課す制裁として労働者を解雇するものです。
労働契約法19条により、労働者を解雇するときには通常、その旨を30日以上前に対象者に通告しなければなりません。
しかし、懲戒解雇は「労働者の責に帰すべき事由」に該当し、即日解雇も可能です。 ただ、懲戒解雇となる事由かどうか判断する基準は、法律で具体的に定められているわけではありません。そのため、あらかじめ就業規則に懲戒事由や、そのときの処分内容などを記載しておく必要があります。
一般的に懲戒事由として挙げられることが多いのは、職務怠慢や業務命令違反などです。ただし、就業規則に記載されていて事由がすべて懲戒事由として通用するとは限りません。労働契約法15条では、客観的に合理的な理由がない場合や社会通念上相当な処分でない場合は、懲戒が無効になると定められています。
整理解雇
解雇の種類の3つ目は整理解雇です。
整理解雇とは、やむをえない人員削減などによる解雇のことです。主に施設の経営不振により行われることが多いです。しかし、経営不振や業務縮小の事実だけで解雇が認められるわけではありません。
整理解雇をするためには、次の4つの要件を満たす必要があります。
人員整理の必要性 |
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解雇回避努力義務の履行 |
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被解雇者選定の合理性 |
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解雇手続きの妥当性 |
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高齢者施設の解雇トラブルについては、併せて下記も一読ください。
問題のある介護士をクビではなく退職勧告で促す【施設側】
退職させたい介護士がいるときには、解雇ではなく退職勧告によって自主退職を促すことも選択肢の1つです。 施設から解雇された介護士の中には、一方的だと感じる人もいるかもしれません。
万が一紛争に発展すれば、施設側も介護士側も多くの時間と費用を費やすことになります。 退職勧告は施設側にとって解雇よりもハードルが低いだけでなく、介護士にスムーズに退職してもらう可能性も高まるでしょう。
ただし、介護士がその退職勧告を強制的と感じたときには、解雇以上に大きな紛争に発展しかねないので、十分に注意が必要です。
介護士がクビにされた場合の対応策【労働者側】
ここでは、介護士側の立場でクビにされた場合の対応策を解説します。 クビにされた場合の対応策は、期間の定めのない労働者(正社員)と期間の定めのある労働者(非正規社員)で異なります。
日本では解雇すること自体に社会通念上の問題があるとされますが、正社員ではよりその傾向が強いのです。そのため、非正規社員よりも、正当性のない解雇であると判断される場合に解雇が撤回される可能性が高いと言えます。
ただし非正規社員であっても、定年のみが定められている契約では、期間の定めのない労働者とみなされるのが一般的です。
また、契約の更新がされない雇い止めについても、それまでに複数回の契約更新の実績がある場合は、通常の解雇と類似した扱いが必要となります。 そのため、客観的に合理的な理由がない場合の雇い止めは撤回させられる可能性があるでしょう。
まとめ
今回は、介護士のクビについて施設側とワーカー側の両面から解説しました。 労働契約法第16条により、客観的に合理的な理由がない解雇は無効とされます。
そのため、施設と介護士のどちらの立場であっても、普段から就業状況についての客観的な証拠や記録を残しておくことで、解雇の正当性または不当性を示すことができるのです。
また当事者だけで解決しようとするのではなく、法の専門家である弁護士に相談することで、問題解決のスピードを速めることも可能です。場合によっては、クビ以外に施設側にも介護士側にもメリットがある解決策が見つかるかもしれません。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。