痴漢事件は迷惑防止条例違反か?強制わいせつ罪か?
最終更新日: 2022年11月02日
はじめに
痴漢事件は都道府県の迷惑防止条例が適用されるケースと、刑法の強制わいせつ罪が適用されるケースがあり、両者では刑罰の重さも異なります。
迷惑防止条例も各都道府県によって構成要件や刑罰に多少の相違があり、また近時改正が進んでいることから、痴漢事件を担当する弁護士としても条例の改正動向については注意する必要があります。
今回は痴漢事件に適用される法律、条令についてご説明いたします。
痴漢行為の法律上の定義、構成要件
迷惑防止条例における痴漢行為の定義、構成要件は、各都道府県の条例によって、多少の表現の違いはありますが、概ね以下のとおりです。
「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であって、公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」
他方、刑法の強制わいせつ罪は、「十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした」と規定されています。「暴行」「脅迫」は、被害者の反抗を著しく困難にする程度のものをいいます。
痴漢事件は、迷惑防止条例違反? 強制わいせつ罪?
痴漢行為が迷惑防止条例違反になるのか、強制わいせつ罪になるのかの判断基準は法律には明記されていません。
当該痴漢行為が迷惑防止条例違反の構成要件に該当するのか、強制わいせつ罪の構成要件に該当するのかを検討する必要があります。
強制わいせつ罪の被害者の反抗を著しく困難にする「暴行又は強迫」を用いた痴漢行為に該当しなければ、迷惑防止条例違反と考えて良いでしょう。
例えば、電車内での痴漢行為の場合、加害者が被害者の下着の中に手を入れて性器を触った場合には強制わいせつ罪と判断されることが多いようです。他方、路上痴漢の場合、加害者が被害者に抱きついて胸を揉んだという場合には強制わいせつ罪と判断されることが多いです。
もっとも、必ずこのような分類がされるわけではなく、あくまで個々の痴漢行為の態様ごとに迷惑防止条例違反なのか、強制わいせつ罪なのか判断されることになります。
なお、電車内の痴漢行為で、被害者が寝ているときに痴漢行為をした場合には、準強制わいせつ罪となることがあります。
迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪の刑罰
迷惑防止条例違反の場合、大半の条例では6月以下の懲役又は50万円以下の罰金という刑罰が定められていますが、神奈川県や愛知県のように1年以下の懲役又は100万円以下の罰金という重い刑罰を定めている地域もあります。
他方、強制わいせつ罪の場合は、6月以上10年以下の懲役という刑罰が定められており、法定刑に罰金はありません。
罰金刑については略式手続をとることができますが、懲役刑については略式手続をとることができません。そのため、罰金刑の定めがない強制わいせつ罪の場合は略式手続をとることはできず、起訴されると必ず正式な裁判(公判)が開かれます。
強制わいせつ罪は、迷惑防止条例違反よりも逮捕・勾留されやすい
痴漢事件でも強制わいせつ罪は迷惑防止条例違反の場合よりも逮捕・勾留されやすいといえます。
逮捕・勾留は、被疑者の罪証隠滅又は逃亡を防止するためになされるものです。前記のとおり、強制わいせつ罪は迷惑防止条例違反よりも重い犯罪のため、その重い刑罰を免れるために迷惑防止条例違反よりも罪証隠滅や逃亡がなされやすいと警察・検察や裁判官は判断します。
もっとも、近時は警察・検察や裁判官も罪証隠滅や逃亡の可能性を厳密に考えるようになってきているため、弁護士から警察・検察や裁判官に対して罪証隠滅や逃亡の可能性は乏しいことを説明することで、逮捕や勾留を回避できる場合が多くあります。
なお、示談との関係では、やはり迷惑防止条例違反行為よりも強制わいせつ行為の方が痴漢行為の態様が悪質なため、被害者の処罰感情が強いのが通常で、迷惑防止条例違反よりも交渉が難航し、示談金も高くなるケースが多くなります。
各都道府県の迷惑防止条例
以下では各都道府県の迷惑防止条例について、その定義(構成要件)と刑罰をご紹介します。
概ねほとんど同じ規定ぶりですが、千葉県のように被害者を女性に限定せず男子も明記していたり、茨城県のように公共の場所・乗物を具体的に規定していたりなど若干の相違があります。
東京都の迷惑防止条例
東京都の迷惑防止条例は、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
一 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50円以下の罰金
埼玉県の迷惑防止条例
埼玉県の迷惑防止条例は、「埼玉県迷惑行為防止条例」といいます。
- 定義
「何人も、公共の場所又は公共の乗物において、他人に対し、身体に直接若しくは衣服の上から触れ、・・・人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
神奈川県の迷惑防止条例
神奈川県の迷惑防止条例は、「神奈川県迷惑行為防止条例」といいます。
- 定義
「何人も、公共の場所にいる人又は公共の乗物に乗つている人に対し、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。
(1)衣服その他の身に着ける物(以下「衣服等」という。)の上から、又は直接に人の身体に触れること。」 - 刑罰
1年以下の懲役又は100万円以下の罰金
千葉県の迷惑防止条例
千葉県の迷惑防止条例は、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「何人も、女子に対し、公共の場所又は公共の乗物において、女子を著しく羞恥させ、又は女子に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。男子に対するこれらの行為も、同様とする。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
大阪府の迷惑防止条例
大阪府の迷惑防止条例は、「大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、公共の場所又は公共の乗物において、衣服等の上から、又は直接人の身体に触れること。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
兵庫県の迷惑防止条例
兵庫県の迷惑防止条例は、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「何人も、公共の場所又は公共の乗物において、次に掲げる行為をしてはならない。
(1)人に対する、不安を覚えさせるような卑わいな言動」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
京都府の迷惑防止条例
京都府の迷惑防止条例は、「京都府迷惑行為等防止条例」といいます。
- 定義
「何人も、公共の場所又は公共の乗物において、他人を著しく羞恥させ、又は他人に不安若しくは嫌悪を覚えさせるような方法で、次に掲げる卑わいな行為をしてはならない。
(1)みだりに、他人の身体の一部に触ること(着衣の上から触ることを含む。)。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
奈良県の迷惑防止条例
奈良県の迷惑防止条例は、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「何人も、公共の場所又は公共の乗物において、他人を著しくしゆう恥させ、又は他人に不安若しくは嫌悪を覚えさせるような方法で、みだりに次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一 他人の胸部、臀部、下腹部、大腿たい部等(以下「胸部等」という。)の身体に触れる行為(着衣その他の身に着ける物(以下「着衣等」という。)の上から触れる行為を含む。)であつて卑わいなもの」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
三重県の迷惑防止条例
三重県の迷惑防止条例は、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、正当な理由がないのに、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。
一 人の身体に、直接又は衣服その他の身に着ける物(以下この条において「衣服等」という。)の上から触れること。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
愛知県の迷惑防止条例
愛知県の迷惑防止条例は、「愛知県迷惑行為防止条例」といいます。
- 定義
「何人も、公共の場所又は公共の乗物(第三項に定めるものを除く。)において、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。
一 人の身体に、直接又は衣服その他の身に付ける物(以下「衣服等」という。)の上から触れること。」 - 刑罰
1年以下の懲役又は100万円以下の罰金
岐阜県の迷惑防止条例
岐阜県の迷惑防止条例は、「岐阜県公衆に著しく迷惑をかける行為等の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「何人も、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次の各号のいずれかに掲げる行為をしてはならない。
一 衣服その他の身に着ける物(以下「衣服等」という。)の上から、又は直接人の身体に触れること。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
茨城県の迷惑防止条例
茨城県の迷惑防止条例は、「茨城県公衆に著しく迷惑をかける行為の防止に関する条例」といいます。
- 定義
「何人も,道路,公園,駅,興行場,飲食店その他の公共の場所(以下「公共の場所」という。)又は汽車,電車,乗合自動車,船舶,航空機その他の公共の乗物(以下「公共の乗物」という。)において,人を著しく羞恥させ,又は人に著しく嫌悪の情を催させるような方法で,みだりに次に掲げる行為をしてはならない。
(1)衣服その他の身に付ける物(次号及び次項第1号において「衣服等」という。)の上から,又は直接他人の身体に接触すること。」 - 刑罰
6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
最後に
以上、痴漢事件に適用される法律、条令についてご説明しました。
痴漢事件では逮捕・勾留の回避、不起訴処分との関係で示談交渉が重要です。
痴漢事件の被疑者となってしまった方は、刑事事件の経験豊富な弁護士にご相談ください。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。