内部犯行(インサイダー)による情報漏洩の脅威と実践的なセキュリティ対策
2025年11月20日

情報セキュリティ対策というと、外部からのサイバー攻撃への防御が中心になりがちです。しかし、企業にとって最も深刻な情報漏洩のリスクの一つは、現職または元従業員といった「内部の人間」による犯行、すなわち内部犯行(インサイダー)です。
内部犯行は、システムにアクセスする権限や業務知識を持つ者が行うため、外部攻撃よりも検知が難しく、被害が甚大になりやすいという特徴があります。その動機は、金銭目的、私的な恨み、誤操作など様々です。
本コラムでは、内部犯行による情報漏洩の実態と、それを未然に防ぎ、被害を最小限に抑えるための実践的なセキュリティ対策について解説します。
内部犯行による情報漏洩の主な手口
内部犯行は、高い技術力を必要としない、日常業務の延長にある行為として行われることが多いです。
情報の不正持ち出し
最も典型的な手口であり、その方法も多様化しています。
物理的な持ち出し
業務上アクセス可能な機密文書や顧客リストを印刷し、紙で持ち出す、あるいはスマートフォンで画面を撮影して持ち出す。
デジタルデバイスによる持ち出し
USBメモリ、外付けHDD、私用PCなどに業務データをコピーして持ち出す。企業のデータ持ち出し制御(DLP)が甘い場合に発生しやすいです。
クラウドサービス・メールの悪用
業務用PCから私用のクラウドストレージ(Google Drive、Dropboxなど)にアップロードする、あるいは私用メールアドレス宛に機密ファイルを添付して送信するなど、ネットワーク経由でデータを流出させる。
システムへの不正行為
企業のシステムやデータに対する悪意ある行為です。
データの改ざん・破壊
顧客データ、会計データなどの情報を意図的に改ざん、または削除し、業務を妨害したり金銭的損害を与えたりする。
アカウントの不正利用
退職者が過去に利用していたアカウントや、管理体制が緩い共有アカウントを利用してシステムにアクセスする。
競合他社への情報提供
転職を前提に、在職中に営業情報、技術情報、ノウハウなどを体系的に盗み出し、転職先の企業や個人に提供する。
内部犯行を防ぐための実践的なセキュリティ対策
内部犯行対策は、技術的な防御と、組織的なルールの両面から「犯行をさせない」「犯行に気づく」仕組みを構築することが重要です。
組織的なルールと教育による「抑止力」
技術だけに頼らず、人の行動をコントロールするルール整備が基本です。
最小権限の原則の徹底
業務上、必要最小限の情報にしかアクセスできないように、アクセス権限を細かく設定します。職位や部署が変わるごとに、不要なアクセス権は速やかに剥奪します。
就業規則と誓約書の整備
機密情報保護に関する誓約書(特に退職時の情報持ち出し禁止など)を取得し、違反した場合の懲戒処分や損害賠償請求の可能性を明確に規定し、抑止力を高めます。
退職者への厳格な対応
退職が決定した時点で、システムアカウントの即時停止、アクセス権限の剥奪、業務PC・デバイスの速やかな返却とチェックを厳格に行う手順を定めます。
技術による「監視と検知」
不正な行動を早期に発見するための仕組みを導入します。
PC操作ログの取得と監視(UEBAの活用)
従業員のPCでの操作ログ(ファイルアクセス、印刷、USB接続、メール送信など)を全て記録します。さらに、**UEBA(User and Entity Behavior Analytics)**ツールを活用し、普段と異なる不審な行動パターン(夜間のデータ大量ダウンロードなど)を自動で検知・通知する仕組みを導入します。
DLP(情報漏洩対策)ツールの導入
機密情報と指定されたファイルが、社外メールや私用クラウドストレージに添付されるのを自動で検知・ブロックするDLPシステムを導入します。
多要素認証(MFA)の必須化
業務システムへのログインに多要素認証を必須とし、パスワードの使い回しや漏洩による不正ログインリスクを低減します。
よくある質問(FAQ)
Q:内部犯行の監視は、社員のプライバシー侵害になりませんか?
A. PC操作ログの取得は、正しく行えばプライバシー侵害には該当しません。重要なのは、「何のためにログを取るのか(情報資産の保護、労務管理など)」を就業規則などで明確にし、取得するログの種類や監視の目的を従業員に事前に説明し、同意を得ておくことです。
Q:辞めていく従業員に対する対策で、特に重要なことは何ですか?
A. 最も重要なのは「アカウントの即時停止」です。退職日または最終勤務日の終了時刻と同時に、メール、システム、社内ネットワークへの全アクセス権を停止します。また、最終退社前に、業務情報の持ち出しがないかPCデータの確認やヒアリングを行うことも有効です。
Q:内部犯行による情報漏洩が発覚した場合、まず何をすべきですか?
A. まずは被害拡大の阻止(アカウント停止、データの隔離)と証拠の保全を最優先で行います。その後、法務部門や外部の専門家(弁護士、フォレンジック業者)に相談し、警察への通報の要否、被害者への対応、懲戒処分の検討を迅速に進めます。
まとめ
内部犯行は、企業に対する信頼を根底から揺るがす深刻なリスクです。
内部犯行対策を成功させるためには、以下の両輪を回すことが不可欠です。
体制強化
最小権限の原則、退職時の厳格な手続き、懲戒規定の周知により、犯行の動機と機会を減らす(抑止)。
技術導入
操作ログ監視やDLP、UEBAにより、不正な行動を早期に発見・検知する。
性善説に頼らない、厳格かつ現実的な内部セキュリティ体制を構築することが、企業の持続的な成長を支えます。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。




