能動的サイバー防御導入の注意点|失敗しないための法的論点と効果
2026年04月23日

サイバー攻撃がますます高度化・巧妙化する現代において、従来の「守り」一辺倒のセキュリティ対策だけでは企業の情報資産を守り抜くことが困難になっています。そこで今、注目を集めているのが「能動的サイバー防御(Active Cyber Defense)」という新しいアプローチです。
これは、攻撃の兆候を早期に察知し、脅威が現実化する前に先手を打って対処する、より積極的な防御の考え方です。2024年4月に成立した「サイバー対処能力強化法」により、国が主導する形で能動的サイバー防御が本格化し、多くの企業にとって無視できないテーマとなりました。
しかし、「能動的」という言葉の響きから、「どこまで許されるのか?」「法律に違反するリスクはないのか?」といった不安を感じる方も多いのではないでしょうか。
本記事では、能動的サイバー防御の基本的な考え方から、導入における法的論点、企業に与える影響、そして失敗しないための具体的な導入ステップまでを網羅的に解説します。自社のセキュリティ体制を次世代レベルに引き上げるためのヒントとして、ぜひご活用ください。
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能動的サイバー防御とは?従来の対策との違いと必要性
まず、能動的サイバー防御がどのような考え方なのか、なぜ今その重要性が高まっているのかを整理しましょう。従来の対策との違いを理解することが、第一歩です。
能動的サイバー防御の基本的な考え方
能動的サイバー防御とは、サイバー攻撃の被害が発生するのを待つのではなく、攻撃の兆候を積極的に探索・検知し、脅威が深刻化する前に先んじて無力化を図る一連の活動を指します。
従来のセキュリティ対策は、ファイアウォールやアンチウイルスソフトのように、既知の攻撃パターンに基づいて侵入を防ぐ「受動的防御(Passive Defense)」が中心でした。これは、城壁を築いて敵の攻撃を待ち構えるスタイルに例えられます。
対して能動的サイバー防御は、城壁の外に偵察部隊を出し、敵の動きや企みを事前に察知して対処するスタイルです。具体的には、以下のような活動が含まれます。
スレットハンティング
ネットワーク内に未知の脅威が潜んでいないか、仮説を立てて積極的に探索する活動。
脅威インテリジェンスの活用
最新の攻撃手法や攻撃者グループに関する情報を収集・分析し、自社の防御策に活かすこと。
おとり(ハニーポット)の設置
攻撃者をおびき寄せるための偽のシステムを設置し、その手口や目的を分析すること。
このように、攻撃者の視点に立って脅威を先読みし、プロアクティブ(主体的)に行動するのが能動的サイバー防御の核心です。
なぜ今、能動的サイバー防御が求められるのか?背景を解説
能動的サイバー防御の必要性が叫ばれる背景には、主に3つの要因があります。
サイバー攻撃の高度化・巧妙化
ゼロデイ脆弱性を突く攻撃や、AIを悪用した攻撃など、未知の攻撃手法が次々と生まれています。従来のパターンマッチング型の防御策では、これらの新しい脅威を検知・防御することが困難になっています。
国家が関与する攻撃の増加と経済安全保障上の脅威
特定の国家の支援を受けた攻撃者グループが、他国の重要インフラや基幹産業を狙うケースが増加しています。これらは単なる金銭目的ではなく、国家の機能を麻痺させたり、機密情報を窃取したりすることを目的としており、一企業だけの問題では済まされません。
DX推進による攻撃対象領域(アタックサーフェス)の拡大
クラウドサービスの利用やリモートワークの普及により、企業のIT環境は複雑化し、守るべき範囲が拡大しています。これにより、攻撃者が侵入する隙が生まれやすくなり、従来型の境界防御だけでは対応しきれなくなっています。
こうした状況下で、侵入されることを前提とし、いかに早く脅威を発見し、被害を最小限に抑えるかという「能動的サイバー防御」の考え方が不可欠となっているのです。
【法的論点】能動的サイバー防御導入で押さえるべき法律とリスク
能動的サイバー防御は強力なアプローチですが、その実践には法的な側面への深い理解が不可欠です。特に、国が主導する動きと、民間企業が許される範囲を正確に区別する必要があります。
中核となる「サイバー対処能力強化法」の概要
能動的サイバー防御の議論を加速させたのが、2025年5月に成立した「安定的なエネルギー供給の確保を図るためのエネルギー等の使用の合理化等に関する法律等の一部を改正する法律」、通称「サイバー対処能力強化法」です。
この法律の大きな目的は、サイバー攻撃によって国民生活や経済活動に甚大な影響が及ぶことを防ぐため、国が主体となってサイバー攻撃の脅威に事前に対処できる仕組みを整備することです。
具体的には、国の機関(内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)や情報通信研究機構(NICT))が、攻撃に悪用される可能性のあるサーバー等を調査し、必要に応じて侵入・無害化するといった措置を講じることが可能になります。これは、これまで法律の壁によって困難だった、より踏み込んだ防御活動を国に認める画期的な内容です。
「通信の秘密」や「不正アクセス禁止法」との関係は?
「他者のサーバーに侵入して調査する」という行為は、通常、以下の法律に抵触する可能性があります。
電気通信事業法
「通信の秘密」を侵害する行為を禁じています。
不正アクセス禁止法
正当なアクセス権限なく他人のコンピュータを利用する行為を禁じています。
刑法
電子計算機損壊等業務妨害罪など、他人のコンピュータに損害を与える行為を罰する規定があります。
サイバー対処能力強化法は、国の機関が「公益のための緊急やむを得ない措置」として行う場合に限り、これらの法律の違法性を阻却(無効化)する例外を設けたものです。
重要なのは、この例外はあくまで国の機関に適用されるものであり、民間企業が同様の行為を行うことは依然として違法であるという点です。民間企業が能動的サイバー防御を実践する際は、これらの法律の範囲内で活動しなければなりません。
攻撃者への「反撃」はどこまで許されるのか?法的リスクの境界線
メディアでは「反撃能力」といった言葉も使われますが、民間企業が攻撃元サーバーに侵入してデータを削除したり、サーバーを停止させたりする「ハックバック(Hack Back)」は明確な違法行為です。報復目的の攻撃は、さらなる法的トラブルやエスカレーションを招く危険な行為であり、決して行ってはいけません。
民間企業に許される「能動的」な活動の境界線は、あくまで自社が管理するネットワークやシステムの内部、および公知の情報収集に限られます。
【民間企業が実施可能な活動例】
- 自社ネットワーク内の不審な通信の監視・分析
- スレットハンティングによる潜在的な脅威の探索
- 脅威インテリジェンス(公開情報)の収集・活用
- 攻撃者が利用するC2サーバー(指令サーバー)への通信を自社のファイアウォールで遮断する
【法的リスクが高い(違法な)活動例】
- 攻撃元と疑われる第三者のサーバーへの侵入・調査
- 攻撃者のコンピュータへのマルウェア感染
- DDoS攻撃などによる攻撃元サーバーへの報復攻撃
自社の活動が法的な境界線を越えないよう、法務部門と緊密に連携しながら慎重に進めることが極めて重要です。
企業への影響は?対象事業者別に求められる対応
サイバー対処能力強化法の成立により、企業が受ける影響は、その事業内容によって直接的なものと間接的なものに分かれます。
【直接的な影響】基幹インフラ事業者の義務と罰則
法律で定められた「特定社会基盤事業者」は、直接的な影響を受けます。これには、電気、ガス、水道、鉄道、金融、クレジット、医療など14の重要インフラ分野の事業者が指定されています。これらの事業者には、新たに以下の義務が課せられます。
資産届出制度とは?対象となる特定重要電子計算機
対象事業者は、自社が保有する基幹的なサーバーや制御システムのうち、サイバー攻撃によって機能が停止すると国民生活に甚大な影響を及ぼすおそれのあるものを「特定重要電子計算機」として、国(主務大臣)に届け出る義務を負います。これにより、国は防御すべき重要な対象を平時から正確に把握できるようになります。
インシデント報告義務の対象と内容
特定重要電子計算機に対して、一定のサイバー攻撃(インシデント)が発生した場合、事業者は国にその内容を報告する義務があります。報告対象となるのは、機能停止や情報漏えいなど、サービスの安定供給に支障を及ぼす、またはそのおそれがある重大な事案です。これらの義務に違反した場合、罰則が科される可能性もあります。
【間接的な影響】サプライヤーや一般企業が備えるべきこと
「自社は対象事業者ではないから関係ない」と考えるのは早計です。サプライチェーンを通じて、すべての企業が間接的な影響を受ける可能性があります。
特定社会基盤事業者は、自社だけでなく、部品やサービスを供給するサプライヤーに対しても、より高いレベルのセキュリティ対策を求めるようになります。取引継続の条件として、セキュリティ認証の取得や体制強化を要求されるケースが増えるでしょう。
また、国が主導するセキュリティ基準は、事実上の「デファクトスタンダード」となり、業界全体のセキュリティレベルの底上げにつながります。能動的サイバー防御の考え方は、もはや他人事ではなく、すべての企業が自社のセキュリティ体制を見直し、強化していくべき重要な指針となるのです。
能動的サイバー防御導入の効果(メリット)と注意点(課題)
能動的サイバー防御の導入は、いくつかの課題を伴いますが、それを上回る大きな効果が期待できます。
導入で期待できる3つの効果
能動的サイバー防御を導入することで、企業は主に3つのメリットを得られます。
サイバー攻撃の未然防止と被害の極小化
最大の効果は、攻撃の予兆や潜伏中の脅威を早期に発見し、インシデント発生を未然に防げる点です。万が一攻撃を受け、侵入を許してしまった場合でも、迅速な検知と対処によって被害が拡大する前(情報漏えいやシステム停止など)に封じ込め、事業への影響を最小限に抑えることが可能になります。
セキュリティ体制の信頼性向上
積極的な防御姿勢を内外に示すことは、顧客や取引先からの信頼獲得に直結します。特に、サプライチェーンを構成する一員として、自社のセキュリティレベルの高さをアピールできれば、ビジネス上の大きな強みとなります。これは、前述の特定社会基盤事業者との取引においても有利に働くでしょう。
経営層への説明責任の達成
「なぜセキュリティに多額の投資が必要なのか?」という経営層からの問いに対し、能動的サイバー防御の活動は具体的な答えを示します。「今月は〇件の脅威の兆候を発見し、未然に対処した」といった具体的な成果を報告することで、投資対効果を可視化し、セキュリティ対策の重要性への理解を深めることができます。
失敗しないための3つの注意点・課題
一方で、導入を成功させるためには、以下の課題を克服する必要があります。
人材・技術・コストの課題
スレットハンティングや脅威インテリジェンスの分析には、高度な知識と経験を持つセキュリティ専門人材が不可欠です。しかし、こうした人材は市場で不足しており、確保や育成が大きな課題となります。また、EDR/XDR、SOAR、TIPsといった専門的なツールの導入・運用にも相応のコストがかかります。
運用体制の構築と責任範囲の明確化
能動的サイバー防御は、ツールを導入すれば終わりではありません。24時間365日体制での監視、脅威検知時の分析、対処、報告といった一連のプロセスを回すための運用体制(CSIRTなど)の構築が必須です。インシデント発生時に誰が何を判断し、どう行動するのか、責任範囲とエスカレーションフローを明確に定めておく必要があります。
国際的な連携と情報共有の必要性
サイバー攻撃は国境を越えて行われるため、自社だけで完結する対策には限界があります。国内外のISAC(情報共有分析センター)やJPCERT/CCといった専門機関と連携し、最新の脅威情報や攻撃手口を共有するエコシステムに参加することが、防御能力を飛躍的に高める鍵となります。
失敗しないための導入ロードマップ|3つのステップで進める実践ガイド
能動的サイバー防御の導入は、闇雲に始めてもうまくいきません。以下の3つのステップに沿って、計画的に進めることが成功の秘訣です。
現状分析とリスク評価
まずは、自社の現在地を正確に把握することから始めます。
資産の棚卸し
守るべき情報資産(サーバー、PC、データ、アカウントなど)は何かを洗い出します。
現状のセキュリティレベル評価
既存の対策がどの程度有効か、フレームワーク(NIST CSFなど)を用いて客観的に評価します。
リスクの可視化
自社がどのようなサイバー攻撃を受ける可能性があるか(脅威シナリオ)、その攻撃が成功した場合にどのような影響が出るかを分析し、優先的に対処すべきリスクを特定します。
社内規程の整備と体制構築
リスク評価の結果に基づき、守りの土台を固めます。
セキュリティポリシーの見直し
能動的サイバー防御の考え方を反映したポリシーや、インシデント対応計画(インシデントレスポンスプラン)を策定・更新します。
CSIRTの設置・強化
インシデント対応の中核となるチーム(CSIRT)を正式に組織し、各メンバーの役割と責任を明確にします。前述の通り、法務部門との連携体制は特に重要です。
教育・訓練の実施
全従業員を対象としたセキュリティ教育や、CSIRTメンバーを対象とした実践的なサイバー演習を定期的に行い、組織全体の対応能力を向上させます。
ツールの導入と継続的な運用・改善
最後に、体制を支えるテクノロジーを導入し、運用を回していきます。
ツール選定と導入
自社のリスクや体制、予算に合わせて、EDR(Endpoint Detection and Response)やXDR(Extended Detection and Response)、SOAR(Security Orchestration, Automation and Response)などの最適なツールを選定・導入します。
脅威インテリジェンスの活用
商用またはオープンソースの脅威インテリジェンスフィードを契約し、最新の脅威情報を自社のセキュリティ運用に組み込みます。
PDCAサイクルの実践
運用を通じて得られた知見や新たな脅威情報を基に、ポリシーや運用プロセス、ツール設定を常に見直し、改善し続けます(Plan-Do-Check-Act)。能動的サイバー防御は、一度構築して終わりではない、継続的な取り組みです。
よくある質問(FAQ)
Q:能動的サイバー防御とハッキングの違いは何ですか?
A:目的と合法性が根本的に異なります。能動的サイバー防御は、あくまで「自社の情報資産を守る」ことを目的とし、自社が管理する権限を持つネットワークやシステムの範囲内で合法的に行われる防御活動です。一方、ハッキングは、他人のコンピュータやネットワークに正当な理由なく侵入・攻撃する行為であり、不正アクセス禁止法などに抵触する明確な犯罪行為です。
Q:中小企業でも能動的サイバー防御は必要ですか?
A:はい、必要です。サイバー攻撃者は企業の規模を選びません。近年は、セキュリティが比較的脆弱な中小企業を踏み台にして、取引先の大企業を狙う「サプライチェーン攻撃」が急増しています。すべてを自社で対応するのが難しい場合でも、セキュリティ監視を代行してくれるMDR(Managed Detection and Response)サービスなどを活用することで、コストを抑えながらプロアクティブな防御体制を構築することが可能です。
Q:「サイバー対処能力強化法」によって、一般企業が攻撃元サーバーを調査できるようになるのですか?
A:いいえ、なりません。この法律によって、攻撃に悪用されているサーバーへの侵入や無害化といった措置が許可されるのは、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)や情報通信研究機構(NICT)といった国の機関に限定されています。民間企業が許可なく他者のサーバーへアクセスする行為は、引き続き違法となりますので、絶対に避けてください。
Q:能動的サイバー防御を始めるには、まず何をすればいいですか?
A:記事のロードマップでも解説した通り、まずは「現状分析とリスク評価」から始めることを強くお勧めします。自社が守るべき重要な情報資産は何か、どのような攻撃を受けるリスクが高いかを正確に把握することが第一歩です。その上で、リスクを軽減するために必要な対策(EDR/XDRツールの導入、専門家への相談など)の優先順位を決めていくのが効率的です。
Q:EDRやXDRを導入すれば、能動的サイバー防御は実現できますか?
A:EDR/XDRといったツールは能動的サイバー防御を実現するための強力な武器ですが、導入するだけでは不十分です。ツールが検知した脅威のアラートを24時間365日体制で監視・分析し、インシデント発生時に適切に対応するための「人材」と「運用体制」が伴って初めて、その効果を最大限に発揮できます。自社での運用が難しい場合は、SOC(Security Operation Center)サービスなどを提供する専門ベンダーに運用を委託することも有効な選択肢です。
まとめ
能動的サイバー防御は、もはや国や一部の大企業だけのものではありません。サイバー攻撃が事業継続を脅かす重大なリスクとなった今、すべての企業が取り組むべき次世代のセキュリティアプローチです。
その本質は、攻撃の兆候を積極的に捉え、先手を打って被害を防ぐという「プロアクティブな姿勢」にあります。一方で、民間企業による「反撃」は法律で固く禁じられており、法的な境界線を正しく理解することが極めて重要です。
サイバー対処能力強化法の成立は、社会全体でサイバーセキュリティを見直す大きなきっかけとなります。これを機に、自社のセキュリティ体制を再評価し、まずは「ステップ1:現状分析とリスク評価」から始めてみてはいかがでしょうか。段階的であっても、着実に防御能力を高めていくことが、未来のビジネスを守る最も確実な一歩となるはずです。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。
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