窃盗、万引きを繰り返すのは病気、依存症か?
最終更新日: 2021年07月08日
万引きの病気、窃盗症(クレプトマニア)になる原因
クレプトマニア(Kleptomania)とは、ギリシャ語で「盗む」という意味である「クレプテイン」に熱中している人という意味です。
窃盗症(クレプトマニア)とは、人の物を盗むことが犯罪であると理解していながら、窃盗行為を繰り返してしまう病気をいいます。窃盗癖、病的窃盗と呼ばれることもあります。
窃盗症(クレプトマニア)が問題となる窃盗行為の多くは、店舗での万引きです。
万引きは刑法で窃盗罪として処罰対象とされ、何度も繰り返し万引きを続け刑事処分を受けることが続くと、いずれは刑務所に入って服役しなければなりません。
窃盗症(クレプトマニア)になった人は、自身の行為が犯罪であることを頭では理解していますが、盗むことをやめたいとは思っていても、自分の意思により、「盗みたい」という衝動を抑えることができません。
窃盗症(クレプトマニア)の原因には諸説ありますが、万引きが成功したときの高揚感が、万引きを繰り返すごとに神経系統に強く定着し、そのうち条件反射的に万引きに及んでしまうようになると考えられています。
貧困のために食料品を盗まなければ生きていくことができないといった理由がなくとも、窃盗行為を繰り返してしまい、窃盗行為それ自体が依存症になっているのです。
このような窃盗症(クレプトマニア)は、現在では精神疾患の一種として認知されています。
窃盗症(クレプトマニア)と摂食障害
窃盗症(クレプトマニア)と合併して見られることが多い精神障害として、摂食障害、前頭側頭型認知症、広汎性発達障害、強迫性障害、アルコール・薬物依存症などがあります。
特に摂食障害との併発は非常に多くみられます。
摂食障害とは、食行動の重篤な障害を呈する精神障害の一種として、厚生労働省の難治性疾患(難病)に指定されているものですが、その中でも特に過食嘔吐をする人が窃盗行為に依存している傾向が多くみられます。
摂食障害に窃盗症(クレプトマニア)が合併しやすいことは統計上明らかですが、その原因、メカニズムは未だ明らかにされていません。
摂食障害患者は、心理的に病的飢餓状態にあり食品などの物品をため込みたいという衝動から万引きを繰り返すという見解もあります。
窃盗症(クレプトマニア)の診断基準
窃盗症(クレプトマニア)に該当するかどうかは、アメリカの精神医学会の診断基準である「DSM-5」により判断されることが一般的です。
「DSM-5」によれば、以下の5つの基準に該当するかどうかが診断基準となります。
A
個人的に用いるためでもなく、またその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される
B
窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
C
窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
D
その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない
E
その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明できない
しかしながら、実はこの基準を厳密に当てはめると、窃盗行為に依存している殆どの人が、窃盗症(クレプトマニア)に該当しないことになってしまいます。
なぜなら、食料品を窃盗した後に食べてしまうことを含め、盗品を少しでも個人的に使用することがあればAの基準をみたさないことになってしまうからです。
そこで、Aの基準の解釈について、窃盗の主たる動機がその物品の用途や経済的価値にあるのではなく衝動制御の障害にある、というように広義に解釈すべきとの見解が、司法・医療の専門家により提唱されています。
万引きを病気と自覚して治療することが必要です。
窃盗症(クレプトマニア)に罹患している人にとって、刑務所で服役をしても更生の効果は期待できません。
現に窃盗症(クレプトマニア)になった人は、刑務所から出てくると、すぐにまた窃盗行為を繰り返します。
もちろん、窃盗行為を繰り返す人の中にも、被害品を換金して利益を得ることが目的である人も存在しますが、そのような人は、自分の意思で窃盗行為を繰り返しており、窃盗行為を抑えられないわけではありません。
問題となるのは、自分の意思によらずに窃盗行為を繰り返しており窃盗欲求が抑えられない人です。
このような人には、自身が窃盗症(クレプトマニア)に罹患した原因を、専門の精神科医による治療を通じて解明し、その原因に応じた適切な治療を受けることが必須です。
窃盗癖は治らないのか?
窃盗症(クレプトマニア)は適切な治療をすることで治ります。
窃盗行為の代表的な治療方法として、認知行動療法・条件反射制御法による治療があります。
条件反射制御法による治療を受け、その後、認知行動療法の治療を受けるのが効果的と言われています。
条件反射制御法(Conditioned Reflex Control Tecnique, CRCT)
パブロフ学説を元に下総精神医療センターの平井慎二先生が始めた画期的な治療方法です。
繰り返された万引き行為によって定着した神経活動を反復行動などによる治療によって抑制することが可能となります。完治を望める非常に効果的な治療法です。
認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy, CBT)
グループミーティングなどを通じて、自身の思考・行動のパターンを分析・理解を通して、盗んでしまう要因を探り、自分自身で盗みたいという衝動をコントロールする術を身に着けて行く治療法です。
専門病院での治療と並行して、自助グループへの参加も推奨されます。
また、治療には家族の支えも重要です。家族も家族会への参加を通じて、不安、経験を共有しながら、本人をサポートしていくことが望まれます。
クレプトマニア専門病院での入院治療
上記の条件反射制御法による治療は3か月ほどの入院治療が原則となります。
外部からの刺激を遮断した環境で集中的に治療を行うことが治療効果を高めるからです。
条件反射制御法は比較的新しい治療方法のため、実施している医療機関は未だ全国的に少ない状況です。
以下にご紹介する医療機関は、窃盗症(クレプトマニア)などの依存症の患者を専門的に治療する病院で、弁護士とも連携して医療と司法両側面から患者の社会復帰を支援しています。
(1)東京、埼玉、千葉、神奈川(横浜)の専門病院
(2)愛知の専門病院
(3)大阪、京都、奈良、兵庫(神戸)の専門病院
窃盗症(クレプトマニア)と弁護士
以上窃盗症(クレプトマニア)という病気、治療についてご説明しました。
しかし、実刑判決を受けて刑務所に収監されては治療を続けることはできません。
そのため、窃盗症(クレプトマニア)の依頼者が治療を継続し、完治するためには弁護士による弁護活動が非常に重要となります。
窃盗症(クレプトマニア)と責任能力
刑法上、犯罪が成立するためには、人の行為が、構成要件に該当し、違法かつ有責なものである必要があります。
そこで、精神疾患に分類される窃盗症の人が行った窃盗行為について、責任能力が認められるのかどうかが問題となってきます。
刑法上、責任能力が認められるためには、事理弁識能力(善悪を理解する能力)及び行動制御能力(善悪を判断した上で自身の行動を抑止する能力)が必要です。
一般的に、窃盗症患者の事理弁識能力は概ね問題がない状態にあることが多く、行動制御能力についても相当程度減退していることはあっても、著しく減退している状態にあるケースはそう多くはありません。
したがって、極めて重度の窃盗症のケース(例えば、重度の精神疾患との併発型等)を除いては、原則として窃盗症の被告人の責任能力は認められます。
そのため、刑事裁判において窃盗症患者の心神喪失・心神耗弱が認められるケースは稀です。
今後、弁護士の役割として、窃盗症の程度によっては被告人の責任能力に影響を及ぼすという内容の裁判例を獲得・蓄積していくことが求められます。
刑事裁判における窃盗症(クレプトマニア)の弁護
窃盗症患者の刑事裁判においては、被告人が窃盗症であるという事実を示し、治療によって更生に取り組んでいることを情状面で主張することにより、刑の軽減を図っていくことになります。
具体的には、弁護士から、医師作成の被告人が窃盗症であることの鑑定書を提出し、被告人が専門治療施設において窃盗症の治療を受けているという内容の証拠を提出していきます。
刑事事件の被告人は、被告人が在宅の状態で裁判が進むこともあれば、刑事施設に勾留された状態で裁判が進む場合もあります。
在宅のケースでは、判決が確定するまでは、原則として一般人と変わらず社会生活を送ることができるため、治療施設へ通院・入院することに支障はありません。
しかしながら、刑事施設に勾留されている被疑者・被告人のケースでは、勾留中に自由に窃盗症の治療施設へ通うことが許可されることはないため、弁護士により裁判所に対し勾留却下請求、保釈請求を行い、被疑者・被告人の身柄を解放することが大前提となってきます。
このように、身柄拘束されている被疑者・被告人の場合には、まずはその身柄を勾留施設から解放し、適切な治療施設において通院・入院治療を進めていくことが必要です。
クレプトマニアの再犯、再度の執行猶予
再度の執行猶予判決とは、既に執行猶予中の身にある者が、執行猶予期間中に犯罪をしてしまった場合に、再び執行猶予付きの判決を受けることをいいます。
再度の執行猶予判決となるためには、言い渡される刑が、「一年以下の懲役又は禁錮」であり、かつ、「情状に特に酌量すべきものがあるとき」に限られるため、そのハードルは高いです。
もっとも、窃盗症の被告人については、被告人が窃盗症の治療に積極的に取り組んでいることなどを考慮して再度の執行猶予判決を獲得したケースがしばしばあります。
最後に
窃盗症の被告人による窃盗事件の刑事裁判においては、被害者との示談交渉、治療・入院施設の紹介、被告人の更生サポートなど、起訴前の段階から公判を通じて弁護士の担う役割は様々です。
窃盗症は、精神疾患の一種であり、被告人に反省を促すことだけで、その症状が改善することはありません。また、刑罰の執行として刑務所で服役することによる矯正効果についても期待することができません。
窃盗症の人が二度と窃盗行為を繰り返さないようにするためには、専門治療施設に通院・入院し、症状を根治させるための治療を受ける必要があるのです。
窃盗を繰り返し、再び検挙されてしまった方、そのご家族は窃盗をそれっきりにするために、窃盗症案件の経験が豊富な弁護士にご相談ください。