介護施設における認知症高齢者への対応

最終更新日: 2023年06月13日

認知症とは

認知症の定義

日常生活の中でも認知症という言葉を耳にする機会は多いと思います。医学的な意味ではなく、単なる「物忘れ」というニュアンスで語られることもしばしばあるでしょう。

医学的には、ICD-10(1993年)という国際疾病分類において、「通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断などの多数の高次脳機能障害からなる症候群」とされていました。

上記のとおり、「物忘れ」というイメージの強い認知症ですので、「記憶」障害が含まれることに違和感はないでしょう。

もっとも、近年では、初期症状として記憶障害が認められない認知症疾患が確認されています(脳血管性認知症など)。

そのため、認知症との判断に、記憶障害は必須ではないという考えが強調されるようになっています。

そして、新たな診断基準DSM-5(2013年)では、

  1. 複雑性注意
  2. 実行機能
  3. 学習と記憶
  4. 言語
  5. 知覚運動
  6. 社会的認知

の6つを中核症状とし、これらの一つ、あるいはそれ以上が障害された状態を、神経認知障害(認知症)と定めました。

認知症の症状

認知症の中核症状は、記憶障害、実行機能障害(順序・段取りを決めて行動できない)、失語、失行(運動機能に問題はないが、日常動作がうまくできない症状。着衣失行など)、失認(顔は見えていても誰か認識できない相貌失認など)があります。

もっとも、認知症の症状は認知機能障害がもたらす中核症状にとどまりません。

認知症の場合、「周辺症状」と呼ばれる非認知機能障害が生じることがあります。

この周辺症状は、Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia の頭文字をとって、BPSDと呼ばれており、さらに細かく分類すると行動症状と心理症状とに分類されます。

行動症状としては、攻撃、大声、徘徊、性的抑制欠如などが認められます。
心理症状としては、意欲低下、情動失、抑うつ気分、幻覚妄想などがあげられます。

周辺症状(BPSD)の原因は、認知機能が低下した高齢者が、不安や孤立を覚えたり、無視や叱責などを受けたり、不適切な環境や、薬物の作用など、幅広く指摘されています。

このように、周辺症状(BPSD)は、必ずしも、中核症状の進行に伴って悪化するものではなく、中核症状が進行したとしても、上記の原因・要因を取り除くことで、和らいでいくことがあると言われています。

つまり、ご家族をはじめとする周囲の方々が、認知症高齢者ご本人の気持ちに寄り添った支援をすることで、周辺症状(BPSD)は、改善していく可能性もあるのです。

介護施設における身体拘束の回避

前記のとおり認知症の周辺症状(BPSD)の一つとして、徘徊があります。

認知症高齢者が、住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅など自宅以外の施設に住んでいることを認識できないまま、見知らぬ環境への不安などから、自宅へ帰ろうと居室や施設から出ていってしまうということが徘徊の原因ではないかと考えられています。

そのため、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)や、住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅などでは、認知症を患う入居者の夜間の徘徊にどのように対応するかが、重要な課題になっています。

では、利用者(入居者・入所者)の夜間の徘徊が頻繁に起きる場合、徘徊による怪我や入居者同士のトラブルを防止する目的で、事業所や施設が、この利用者を身体拘束することは許されているのでしょうか。

この点、平成12年の介護保険制度の施行時から、身体拘束が人としての尊厳を大きく傷つけるとの問題意識から、「生命または身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き」身体拘束を行ってはならないとされており、身体拘束は原則として禁止されています。

そして、厚生労働省は、「身体拘束ゼロへの手引き」(平成13年3月:厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」発行)にて、身体拘束の具体例を挙げています。

そこには、以下のような行為も身体拘束として禁止されることが明記されています。

  1. 徘徊しないように、車いすや、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る
  2. 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型抑制帯や腰ベルトで、車いすやテーブルに縛りつける。
  3. 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る   つまり、認知症高齢者自身が負傷する可能性や、他の利用者への迷惑の可能性のみを理由としては身体拘束を行うことはできず、原則として、高齢者への身体拘束は、高齢者虐待に該当します。

もっとも、同手引きは、「緊急やむを得ない場合」に例外的に身体拘束を行うことを認めており、これは高齢者虐待には該当しないとしています。

例外は、以下の3要件のもと認められています。

  • 切迫性
    利用者本人または他の利用者の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高い場合
  • 非代替性                                                                                      身体拘束以外に代替する介護方法がないこと
  • 一時性
    身体拘束は一時的なものであること

以上のとおり、身体拘束は原則として禁止であり、高齢者虐待に当たるとの考えのもと、例外が認められるための要件は厳格に設定されています(要件の確認も極めて慎重に行うことが求められています)。

また、身体拘束をする際には、拘束が必要な理由、拘束の方法、拘束の時間帯と時間、拘束開始と解除予定を記録することが事業者側に義務付けられています。

さらに、平成30年度の介護報酬改定により、「身体拘束廃止未実施減算」の減算額が増加しており、この点からも身体拘束が原則として禁止されていることがわかります。

なお、仮に、上記の厳格な要件を満たし、身体拘束が例外的に許容された場面であったとしても、利用者の尊厳に配慮し、実際の身体拘束に際しては、事業者側(施設側)と利用者本人や家族等の利用者側とが、十分にコミュニケーションを図ることが重要です。

介護施設における隠しカメラや監視カメラの設置について

介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)や、住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅などでは、不審者の侵入など防犯対策の観点から、監視カメラなどを設置している事業者もいらっしゃるでしょう。

では、このような監視カメラを使って、認知症高齢者患者の様子や動静をスタッフが見守ることで、徘徊を防ぐという方法はどうでしょうか。

この点、直接の身体拘束がなされていないとはいえ、常時カメラによる監視を続けられているのであれば、認知症高齢者のプライバシー侵害の程度が極めて大きく、人格権を侵害する可能性が高いものと考えます。

特に、隠しカメラのように、カメラを利用者から見えないように設置していた場合には、人格権侵害の程度はより高まるといえるでしょう。

他方で、近年では、カメラは設置しておくものの普段は録画をしておらず、居室からの呼出ボタンが押された際にのみ、録画を開始し、その様子を職員が確認できるといったカメラの増加や、ベッドから離れた場合に作動する離床センサーや床面を踏んだ場合に作動するマットセンサーなども存在します。

介護の現場にとって現実的ではないとの指摘もあるかもしれませんが、人格権を侵害しない、または侵害の程度が極めて小さいシステムを導入することで、利用者の尊厳と身体の安全との両方を守ることが要求されているといえるでしょう。

なお、これらの装置を利用しても、実質的に、利用者(入居者・入所者)本人の行動が制約されてしまう場合には、身体拘束として評価される可能性は高いといえますので、注意が必要です。

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