【弁護士解説】老朽化したテナントビルによくあるトラブルと対策を解説
最終更新日: 2023年11月18日
「テナントビルが老朽化して採算が取れなくなった!すぐに取壊しをしたい」
「ビルのオーナーから、老朽化を理由にテナントを立ち退いてくれと言われているが、行くところもなくて困っている」
老朽化したテナントビルは、改修または取壊しの必要性から、賃貸人と賃借人との間でトラブルが生じることがあります。
では、実際に、テナントビルが老朽化している場合、賃借人は速やかに退去に応じなければならないのでしょうか。
また、退去に応じなければならないとしても、退去にかかる損失の補償はあるのでしょうか。
老朽化したテナントビルについてよくあるトラブルの対策を弁護士が詳しく解説します。
それでは、早速、まいりましょう。
テナントビルの老朽化を理由とする立退き紛争の法的知識
テナントビルが老朽化した際、個々の部屋を修理するにしても、ビル全体を取り壊すにしても、切り離せないのが入居者などの賃借人の立ち退き問題です。
まずは、どのようにして立ち退き交渉を進めていくべきなのか、基本的な法的知識について解説していきます。
- 更新を拒絶する等の通知が必要
- テナントの賃貸借契約は更新が原則
- 立退きに必要な正当事由とは?
更新を拒絶する等の通知が必要
前提として、賃貸人が賃借人に立ち退きを求めるためには、賃貸借契約を終了させる必要があります。
いかに老朽化の問題があるにせよ、契約した賃貸借期間は建物を使用させなければなりませんので、賃貸人としては、契約満期まで待って、賃貸借契約を終了させる必要があるのです。
ただし、契約の更新を拒絶して賃貸借契約を終了させるにあたって、借地借家法が定めた厳格なルールが存在しています。
すなわち、借地借家法第26条は
「建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知・・・をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。」
としています。
要するに、賃貸借契約の満期1年前から6カ月前までの間に契約は更新せず終了するという通知をしておかないと、法律上は契約更新が確定してしまうのです。これを「法定更新」と呼んでいます。
また、借地借家法は、特段、更新拒絶等の通知の方式について定めをおいていません。そのため、口頭でも通知としては足りることになります。
しかし、口頭での通知の場合、「聞いていない」と言われてしまうと、更新拒絶の通知をした事実は存在しなかったことになります。これでは、法定更新が確定してしまい、賃貸人の退去請求が認められなくなるのです。
また、普通郵便など、配達した記録が残らない郵送方法も、入居者が受け取っていないと言えば、通知した事実が認められなくなりますから、これだけでは安心できません。
「言った」「言わない」の問題を防止するためには、内容証明郵便の方式により、更新しない旨を伝えた事実を確実に残すことが重要です。内容証明郵便とは、郵送した文書に記載した内容を郵便局が証明する通知方法ですので、確実に通知した事実を残すことができます。
ここまで更新拒絶通知の方法について詳しく説明してきましたが、更新しない通知をすることは、あくまで最低限クリアしなければならない初歩的な手続きです。老朽化を理由として、テナントの退去を実現するには、より困難な問題を乗り越えなければならないのです。
テナントの賃貸借契約は更新が原則
賃貸借契約を更新しない通知をしたとしても、テナントの賃貸人による更新拒絶は、「正当の事由」がある場合でしか、認められていません(借地借家法第28条)。
一般にこの「正当の事由」は「正当事由」として定着していますが、正当事由が認められないと、更新拒絶に意味はなくなり、退去は認められなくなります。
そして、後で説明するように、正当事由が容易には認められないことから、テナントの賃貸借契約は更新されるのが原則となっています。賃貸人がテナントを立ち退かせるのは一筋縄ではいかないので、十分な準備をしておく必要があるのです。
立退きに必要な正当事由とは?
では、具体的に、更新を拒絶するための「正当の事由」として、どのような事実、証拠が必要となってくるのでしょうか。
「正当の事由」の具体的要素を規定している借地借家法第28条を分解してみますと、以下の4つの要素があることがわかります。
- 建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情
- 建物の賃貸借に関する従前の経過
- 建物の利用状況及び建物の現況
- 財産上の給付
「正当の事由」を判断する上で最も重要な要素となるのが、「建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情」であると考えられています。
そして、「正当の事由」が認められるのは、賃貸人の必要性が、賃借人の必要性を明らかに上回っていると言えなければなりません。
具体的には、以下の(1)~(4)までの4段階に建物の必要性を分けた上で、賃貸人と賃借人がいずれの段階に位置付けられるかグルーピングを行い、賃貸人が賃借人よりも上の段階にいると言えなければならないのです。
- その建物がなければ死活問題である
- その建物がなければ生活に支障を来す
- その建物があれば望ましい
- その建物が使用されていない
さらに難しい問題としては、賃借人よりも建物を必要としている事情を証拠によって証明する必要があるという点です。
いくら言葉だけで必要性を強調しても、証拠の裏付けのない必要性は、最終的には存在しないものと扱われます。
たとえば、自身の家族を介護するため、近くの建物に住まわせる必要があるなら、要介護の家族がいる証拠や、当該建物が自宅の近くに所在することの証拠を集めなければならないのです。
テナントビルの老朽化は正当事由になるか?
ここまで、正当事由の一般的な考え方について説明しました。それでは、実際にテナントビルが老朽化している場合、正当事由として扱われるのでしょうか。
老朽化の問題に焦点を当てて、裁判例も紹介しつつ、具体的に説明していきましょう。
- どの程度の老朽化している必要があるのか?
- 修繕可能性が認められる場合
- 老朽化に関する裁判例
どの程度の老朽化している必要があるのか?
テナントビルの老朽化は、借地借家法第28条にいうところの「建物の利用状況及び建物の現況」の要素に位置付けられます。
ただ、「老朽化」と言っても、直ちに退去しなければ倒壊するという緊急性の高いものから、単に建物が古くなったにすぎないという意味合いのものもあり、直ちに正当事由として認められているわけではありません。
老朽化のみで正当事由の可否を決定するのではなく、建物利用の必要性や、賃貸人から提示された立退料などによって、最終的に立ち退きが認められるかどうかが決まっていきます。
そのため、すぐにでも倒壊するというレベルの老朽化が絶対に必要というものでもありません。いずれ改修が必要であるという程度の老朽化であっても、その他の要素次第では、正当事由が認められることも十分ありうるでしょう。
修繕可能性が認められる場合
では、テナントが老朽化していても、建替えではなく、修繕によって対応可能な場合、立ち退きの正当事由は認められないのでしょうか。
テナントを退去させるのは、やむを得ない場合に限るというべきですから、修繕によって賃貸借を維持できると認められる場合、原則として老朽化という理由のみで正当事由を肯定することは困難というべきでしょう。
他方で、借地借家法第28条における正当事由を基礎づける事由のひとつである「建物の現況」とは、建物が物理的に老朽化しているという状況はもとより、社会的・経済的効用を失っている場合も含まれると考えられています。
そのため、建物の朽廃を防ぐための大修繕には多大の費用がかかり、賃貸の収益事業が成り立たないような場合には、賃貸人の修繕義務を認めるのは困難ですから、たとえ修繕可能だとしても、正当事由として認められやすくなるといえます。
老朽化に関する裁判例
建物の老朽化と正当事由との関係について、実際の裁判例は、この問題をどのように考えているのでしょうか。具体的に見ていきましょう。
まず、建物の老朽化が著しく、倒壊の危険がある場合には立退料なくして正当事由が認められています(東京地判平成3年11月26日判時1443号123頁)。
しかし、老朽化を理由として立退料なく正当事由が認められた事案は、極めて少なく、ほとんどの事案において立退料の提供がなければ、正当事由は肯定されていません。そのため、倒壊の危険があれば、正当事由は不要であるという規範を過度に一般化すべきではないでしょう。
老朽化による建物改築等の必要性が認められる事案では、いつ倒壊してもおかしくないという緊急性が認められない限り、立退料提供がなければ正当事由が認められていません(大阪地判昭和59年7月20日判例タイムズ537号169頁、東京高判昭和60年4月19日判時1165号105頁)。
また、老朽化がみとめられるものの、賃貸人が修繕をしなかったことが建物の老朽化を招いたと認められる事案においては、提示された立退料が低すぎると、正当事由が否定されています(東京地判平成4年9月25日判例タイムズ825号258頁)。
老朽化を理由としてテナントビルから退去する場合の立退料はいくらか?
テナントビルの立ち退き紛争において、賃貸人は、賃借人に対して、通常、どの程度の立退料を負担しているのかも気になるところです。そこで、テナントビルの立退料の算定方法について、裁判例を踏まえつつ解説していきます。
- テナントビルの立退料算定方法
- 老朽化がどの程度金額に影響するのか
- 老朽化を立退料金額に考慮した裁判例
テナントビルの立退料算定方法
テナントビルの立退料の算定は、算定方法や、算定要素が多数あるため、一概に計算方法を説明することはできません。
引越し代、店舗の移転にかかる費用、新たな賃貸借契約の締結にかかる費用は最低限認められると思いますが、他にも補償を求められる項目が多数あり、どこまで補償をするのかが問題となってきます。
最も争いになるのが、テナントを撤退することにより生じる営業補償の範囲です。
廃業による一定期間の営業補償をする必要があるのか、あるいは、移転先のテナントにかかる改装費用を全額負担する必要があるのか、さらに、テナント移転に伴って生じる得意先損失や、投資した広告料の損失も考えられます。
営業補償の範囲を考えると、対象はどこまでも膨れ上がりますが、全額の補償が受けられるわけではありません。
基本的には、テナントの移転が完了するまでの間、当然、営業が止まってしまうので、賃借人の収入も失われますから、この間の営業補償が原則的な補償範囲と思われます。
ただ、テナントの立ち退き事案は、営業活動が止まることにより失われる利益も大きいことから、数百万円単位の立退料が算出されることが通常です。大きな店舗にもなると、数千万円の立退料が認められることも少なくないのです。
老朽化がどの程度金額に影響するのか
立退料の金額は、賃貸人がどれほど建物使用の必要性を説明できるかが重要であり、その必要性が強ければ強いほど、立退料が低額で済みます。そして、そのポイントになるのが、建物の老朽化であると考えられます。
建物を取り壊す必要性が高いと言えれば、テナントが退去することによって生じる費用や、営業補償の範囲を狭くすることができ、支払うべき立退料を抑えることができます。
反対に、建物の老朽化に具体性がない場合、損失補償の範囲が拡大し、立退料の金額も増額する可能性が高まるでしょう。
老朽化を立退料金額に考慮した裁判例
多くの立ち退きの裁判例を検討してみますと、賃貸人側の建物使用の必要性が低い事案では、いくら立退料を提供していても、正当事由が認められていません。このような事案では、賃借人の言い値(たとえば、5000万円と言われれば、5000万円となります。)を支払わない限り、立ち退きは困難となります。
しかし、建物の老朽化という理由があることによって、賃貸人の正当事由を、賃借人のものと互角にすることができます。実際、裁判例をみると、正当事由が互角の場合には、ある程度立退料が提供されれば、正当事由が肯定しています。
また、多少、賃借人の正当事由よりも劣っていたとしても、相応の補償をする限りで、正当事由が肯定されやすくなります。
老朽化を立退料の金額に考慮する裁判例は多くあり、老朽化が立退料交渉に与える影響は大きいと言えます。
まとめ
テナントビルが老朽化すると、改修や取壊しの必要から、当然テナントを退去させることができるように思われます。しかし、借地借家法の正当事由の運用は、一般的な感覚よりもはるかに厳しく行われており、単に老朽化しているというだけでは、なかなか立ち退きは認められないものです。
テナントの老朽化問題は、採算の取れなくなったビルに対する速やかな手当てが求められるうえ、賃借人の利益保護も考えながら立ち退き交渉を進めていく必要もあり、非常に難しい問題です。
テナントビルの立ち退き交渉に自ら着手する前に、まずは専門家である弁護士の意見を聞いて、慎重に進めていくことをお勧めします。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。