戸建て賃貸の立ち退き料の相場を専門弁護士が解説
最終更新日: 2023年11月29日
- 戸建て賃貸の立ち退き料の相場とは?
- 賃貸人の立場での立ち退き料の算定方法が知りたい
- 賃借人の立場で立ち退き料の相場を押さえておきたい
立ち退き料は、賃貸人・賃借人それぞれ主張する立場によりその内容が異なります。焦点となるのが、立ち退きを要求する際の「正当事由」です。正当事由の主張がどこまで認められるかで立ち退き料も大きく変わってきます。
今回は、立ち退き交渉をする場合において、それぞれの立場からどのような主張ができるのか、また実際の立ち退き料の相場はどれくらいなのかについて解説します。
戸建て賃貸の立ち退き料の相場を考える際に知っておきたい基礎知識
戸建て賃貸の立ち退き料の相場を考える際に知っておきたい基礎知識として以下の2つを解説します。
- 立ち退き料とは
- 立ち退きの請求には正当事由が必要
1つずつ見ていきましょう。
立ち退き料とは
立ち退き料とは、賃貸人が賃借人の賃借人に退去を求めるとき、「財産上の給付」として支払う補償のことです。法律上の根拠は、借地借家法28条にあります。
今ではこのように条文の規定によって認められるようになった立ち退き料ですが、この立ち退き料という言葉は、元々、法律上存在していませんでした。
これまでに多くの立ち退きを求める裁判において、立ち退きを要求するにあたっての調整要素として裁判所が賃貸人から賃借人に支払う補償金を求めるようになりました。こうした判例が積み重なってできた概念が立ち退き料です。
立ち退き料の意味合いは様々で、引越代金に始まり家賃の差額や賃借権を譲渡する対価など立ち退き料には様々な内容を含んでいます。
法律上認められるようになった立ち退き料ですが、注意しておかなければならないのは、賃貸人が建物明渡しの条件として、賃借人に財産上の給付をする旨の申出であることです。すなわち、法律上はあくまで「賃貸人からの提案」の1つにすぎず、立ち退き料を請求する権利は賃借人にはありません。
したがって、賃貸人が立ち退き交渉を断念し、立ち退き料の提示をしなくなってしまいますと、賃借人からその支払いを強制することはできないのです。
立ち退きの請求には正当事由が必要
立ち退き請求には、法律上、「正当事由」が要求されています。正当事由の考慮要素として以下の4つについて解説します。
- 賃貸人が建物を使用する
- 建物の老朽化
- 賃借人の債務不履行
- 財産上の給付を行なう(立ち退き料の提示)
賃貸人が建物を使用する
まず、賃貸人が建物を使用する必要性です。
賃貸人が他にも不動産物件を保有している等その他の代替手段を有しているような場合においては、自己使用の必要性は認められにくく、賃借人に立ち退いてもらうことは困難になる可能性があります。
多くのケースでは賃貸人が建物を使用する必要があるというだけでは不十分で、立ち退き料の支払いによってはじめて正当事由が認められています。
建物の老朽化
2つ目は、建物の老朽化です。
建物が老朽化した場合においては、まずその老朽化の程度を考慮する必要があります。たとえば老朽化が著しく建物がすぐにでも倒壊してしまいそうな場合であれば正当事由が認められやすく、立ち退き料無しで正当事由が認められるケースすらあります。
外観からだけでは老朽化が認められないような場合は、建物の老朽化による強度不足の証明のための耐震診断などを行ない、診断書をエビデンスとして提出する必要が出てきます。
単に老朽化しているというだけでは正当事由は認められず、倒壊する現実的な危険がない限りは正当事由を認めるのに立ち退き料の支払いが必要となります。
賃借人の債務不履行
3つ目は、賃借人の債務不履行です。
たとえば、家賃を滞納している場合はもちろん、家賃の支払いが遅れ気味であるという場合もこれに含まれます。正当事由の判断にあたっては、賃貸人と賃借人の「従前の経緯」も評価対象となるので、賃借人に債務不履行があり、賃貸借契約を継続することが難しいと判断できる場合には、正当事由が認められやすくなります。
なお、家賃を3か月以上滞納しているなど信頼関係が破壊されていると法的に評価される場合には、賃貸借契約の債務不履行解除が可能となりますので、正当事由や立ち退き料は不要です。
財産上の給付を行なう(立ち退き料の提示)
4つ目は、財産上の給付を行なう、つまり立ち退き料の提示をすることです。
賃貸人が十分な立ち退き料を支払うことで双方が合意し解決するのであれば、賃借人は十分に保護されているはずなので、何の問題もなく、退去を実現することができます。
しかし、立ち退き料の提示は、あくまで賃貸人に一定の正当事由が存在することを前提とした補助的要素に過ぎない点に注意しなければなりません。建物の使用の必要性や建物の老朽化などその他の事情は無いにもかかわらず立ち退き料を提示したとしても、裁判所としては、正当事由がないとして、賃貸人の請求を棄却するしかありません。あくまで立ち退き料は補助的要素なのです。
立ち退き料は必要なのか
立ち退き請求に必要なのは、あくまでも立ち退きを求める正当事由であって立ち退き料ではありません。立ち退き料が必ずしも必要ではないことは、借地借家法28条にも規定があります。
しかし、賃借人の建物利用の必要性よりも立ち退きの必要性が上回ることが求められており、このような必要性が認められるのは簡単ではありません。そのため、大半のケースでは立ち退き料の支払いが必要となります。
【賃借人】戸建て賃貸の立ち退き料の相場の算定方法
賃借人の戸建ての賃貸契約における立ち退き料はどのように算出されるのでしょうか?以下2つの点から解説していきます。
- 戸建て賃貸の立ち退き料の一般的な算定方法
- 借家権価格による算定方法
戸建て賃貸の立ち退き料の一般的な算定方法
戸建て賃貸の立ち退き料の算出方法については、法律の規定や判例によって明確にされているわけではありませんが、一つの考え方として以下のような算定方法があります。
立ち退き料=新規賃料と現行賃料の差額の1年分から3年分+移転費用+新規契約金
こちらの計算式は一応の参考になりますが、戸建ての立ち退き事案は個別事情を考慮する必要がありますので、これによって一律に明確に立ち退き料が算出されるものではありません。
一般的な戸建ての立ち退き料の相場は、100万円から200万円ほどになるケースが多いようです。
借家権価格による算定方法
借家権とは、賃借人が借地上の建物に居住することにより生まれる経済的価値の損失に対する補償を指します。
以前は、借家権価格から算定した立ち退き料を支払うなどした裁判例もみられました。しかし、現在では、特に借家権の取引慣行があると認められない限り、借家権価格を考慮する事案は稀です。
【賃貸人】戸建て賃貸の立ち退き料の相場を決定する方法
賃貸人の戸建て賃貸の立ち退き料の相場を決定する方法を以下の2つの点から解説します。
- 正当事由からみた勝訴の見込みを考える
- 立ち退き料として用意できる予算から考える
正当事由から見た勝訴の見込みを考える
1つ目は、正当事由からみた勝訴の見込みを考えることです。
立ち退き料はあくまでも賃貸人の正当事由を補完するための要素にすぎないので、正当事由が明らかに賃借人の建物使用の必要性を超えていれば、立ち退き料は不要という判断になります。一方、賃借人の建物使用の必要性が明らかに高く、賃貸人の正当事由が認められにくい場合であれば、いくら立ち退き料を支払っても立ち退き請求はできません。
そこで、賃貸人の正当事由が認められる可能性について専門の弁護士に検討を依頼し、その結果を踏まえて賃借人との立ち退き交渉のスタンス、提示すべき立ち退き料の予算を決める必要があります。
立ち退き料として用意できる予算から考える
2つ目は、立ち退き料として用意できる予算から考えることです。
どれくらいの立ち退き料までであれば支払えるのか、支払い可能な予算を検討しておかなければなりません。検討の結果によって、そもそも立ち退きを求めるのが困難という判断になったり、交渉が長期化することを覚悟しなければならないケースもあるでしょう。
戸建てを売却した場合の代金から逆算する
3つ目は、戸建てを売却した場合の代金から逆算することです。
立ち退き料を算出する際には、戸建てを売却した場合にどれくらいの金額になるのか、予め査定しておくことも必要です。
とにかく立ち退きには予想もしない金額がかかってくることもあります。もしも相応な金額で建物を買い取りたいという買主がいるのであれば、無理に高額な立ち退き料を支払って賃借人を退去させるよりも、建物を売却して利益を確保する方を選ぶべきです。
このことから、建物の売却代金も立ち退き料を決定する際の要素になります。
戸建て賃貸の立ち退き料の相場を知るためのポイント
戸建て賃貸の立ち退き料の相場を知るためのポイントは以下の2つです。
- 過去の判例を確認する
- 弁護士に相談する
過去の判例を確認する
1つ目は、過去の判例を確認することです。
戸建て賃貸の立ち退き料は、様々な要因があるため相場を明示することは簡単ではありません。先ほど一般的な戸建てなら100万円から200万円が多いと説明しましたが、立ち退き料0円で解決した事例もあれば、月額賃料の200か月分で解決した事例もあります。そのため、戸建て賃貸の立ち退き料の相場は、あくまでも目安くらいに考えておくべきです。
判例が具体的にどのように立ち退き事案を解決しているのかを知っておくことは重要です。過去の判例を参考にし、それぞれの事案で正当事由がどこまで認められているのかを確認しましょう。
以下、近時の立ち退き事案の判例をごく簡単に一覧表にまとめていますのでご参照ください。
立ち退きが認められず (平成28年7月26日 東京地裁判決) | 正当事由なし | 賃貸人が退職後に飲食店を経営するので建物が必要としていたのに実際には開店準備もないため明渡しの正当事由は認められないと判断した。 |
立ち退きが認められず (平成28年9月23日 東京地裁判決) | 正当事由なし | 賃貸人が建物を使用する具体的な必要性が乏しいので明渡しさせる正当事由がないと判断した。 |
立ち退きが認められず (平成28年10月28日 東京地裁判決) | 正当事由なし | 賃貸人は趣味の教室を開くためとしたが、客観的必要性が高いとは言えず長年美容室を経営している賃借人の使用の必要性のほうが非常に高いため、正当事由は認められないと判断した。 |
立ち退きが認められず (平成28年12月8日 東京地裁判決) | 正当事由なし | 賃貸人は建物建て替えの必要と立ち退き料9,727万9,920円の支払いを申し出たが、賃借人の建物テナント料が事業活動の唯一の収益であること、また建物建て替えの計画が認められないため、正当事由が認められないと判断した。 |
立ち退きが認められず (平成28年12月8日 東京地裁判決) | 正当事由なし | 賃貸人は建物の老朽化のため立ち退き料1億円を提示して立ち退きを求めたが、賃借人は店舗を運営し代替物件も限定されていること、また老朽化といっても倒壊の危険性までは生じていないことから正当事由は認められないと判断した。 |
立ち退きが認められず (平成28年12月20日 東京地裁判決) | 正当事由なし | 賃貸人は建物の老朽化を理由に立ち退き料170万円の支払いを申し出たが、賃借人が高齢でピアノ指導で生計を立てており転居先を探すのが困難であること、立ち退き料が少なすぎるなどの理由から正当事由は認められないと判断した。 |
立ち退きを認めた (平成29年1月19日 東京地裁判決) | 35万円 | 賃貸人の建物が築48年であり耐震性に問題があること、他の賃借人はすでに退去しており生活保護者である賃借人が引越料を受け取ればその後その建物を使用する可能性は低いことから立ち退き料を35万とした。 |
立ち退きを認めた (平成28年7月1日 東京地裁判決) | 200万円 | 賃貸人は要介護の85歳の高齢者であり長男夫婦と同居する必要があるのに対し、賃借人はがん患者であるが代替物件があることから、引越料と賃料2年分を立ち退き料として認めた。 |
立ち退きを認めた (平成28年8月26日 東京地裁判決) | 5,000万円 | 賃貸人の建物が築45年で倒壊の恐れがあること、賃借人は公認会計士であるが使用の継続が必須ではないことから500万の立ち退き料を認めた。 |
立ち退きを認めた (平成29年2月17日 東京地裁判決)
| 6億2,723万8,000円 | 新店舗の差額家賃等の補償額、移転費、内装工事費、営業補償費、移転事務費を含めた合計6億2,723万8,000円が立ち退き料になると判断された。 |
弁護士に相談する
2つ目は、弁護士に相談することです。
戸建て賃貸の立ち退き事案は、賃貸人・賃借人どちらの立場であっても煩雑な手続きを要することになり、個人で行なう場合、必要以上の労力を使います。
立ち退きを専門に扱う弁護士にまず相談することで、解決までの流れがスムーズになり、何よりも納得がいく立ち退き料の支払い・受け取りができる期待が持てます。
まとめ
本記事では、立ち退き交渉をする場合において、それぞれの立場からどのような主張ができるのか、また実際の立ち退き料の相場はどれくらいなのか、知るためのポイントを解説しました。
立ち退き料は主張する立場によってその内容が様々ですが、立ち退き交渉を始めるにあたり基本的な知識として、立ち退き料は賃貸人が支払わなければならない法的義務はないということを理解しておかなければなりません。
いずれにしても、相手の立場を理解せずに自分の一方的な言い分のみを主張しても立ち退き交渉は決裂してしまいます。やはり経験値を積んだ立ち退き専門の弁護士に相談することがおすすめです。