介護事故のヒヤリハット事例と裁判例
最終更新日: 2023年06月13日
「介護事故」について
新聞やテレビなどで、「介護事故」という言葉を聞いたことがある方も多くいらっしゃると思います。
たとえば、高齢者施設で利用者が転倒して怪我をした、食事中の利用者が食べ物を喉に詰まらせてしまった等の事例をイメージされるかもしれません。「介護事故」という用語には明確な定義が存在するわけではありませんが、高齢者施設をはじめとする介護現場(特に事業者側の事業形態を問うものではありません)における事故の総称として「介護事故」との用語が広く用いられています。
また、幸い、事故には至らなかったものの、介護事故につながりかねない「ヒヤリハット」の事例も多く報告されています。
以下、介護事故の種類や類型について簡単に説明したうえで、介護事故の裁判例(利用者側(利用者・利用者家族)から事業者側への損害賠償請求の事例)を、類型別にいくつかご紹介したいと思います。
なお、介護事故については、事業者側は、介護事故発生防止のための対策やリスクマネジメント、介護事故が発生した場合の報告書作成、利用者及び利用者家族への対応等が気になることと思います。
また、利用者側は、介護事故について適切な情報の開示や事業者側との交渉、金銭的補償等について関心があるでしょう。
ただ、以下では、事業者側や利用者側といった特定の立場に立つことはなく、介護にかかわる方、高齢者に関わる方、介護事故に関心のある方等に、幅広く読んで頂くことができるよう心がけたいと思います。
介護事故の種類・類型
介護事故を分類・類型化する方法
介護事故の事例を分析する方法として、被害者が被った損害の内容での分類(たとえば、死亡、骨折、打撲、その他の傷害等)や、利用したサービス・事業者側の事業形態等での分類(たとえば、通所介護、特別養護老人ホーム、デイケア等)をすることも考えられますが、今回は、事故の種類により分類をしたいと思います。
転倒
たとえば、施設への送迎バスの乗車時・降車時の転倒、トイレまでの歩行介助時の転倒、車いすからの移動時の転倒事故などがあげられます。
この他にも、ベッドからの転倒・転落事故は比較的多数の裁判例が存在します。
誤嚥(ごえん)
食事の際にパンやおにぎり等の食物を喉に詰まらせてしまう事例だけでなく、異食による誤嚥事故も確認されています。
高齢者が誤嚥をすることは、しばしば発生することです。もっとも、誤嚥をした場合に、短時間のうちに適切な処置ができなければ、窒息し、死亡に至る可能性が高いという点で、他の介護事故とは大きく異なるものといえます。
誤薬
誤薬とは、高齢者施設等の利用者が、誤った種類・量・時間または方法で薬を飲むことをいいます。誤って服用した薬の量や種類によっては、死亡などの重大な被害が生じることもあります。
※もちろん、上記以外にも、褥瘡(じょくそう 床ずれ)に関するトラブルや外出・徘徊等による事故をはじめとする多種多様な事故が発生しており、また利用者同士のトラブルによっても利用者の生命・身体に危害が及ぶおそれもありますが、今回は、介護事故の典型例として、幾つかの類型をご紹介しました。
介護事故(転倒)の裁判例
東京地方裁判所 平成25年10月25日判決
手すりや杖を利用して短い時間しか立位を保持できない要介護者が転倒した事案につき、転倒防止のための必要な措置を取らずに玄関上がりかまちに立たせたままにしたことなどが、訪問介護契約に基づく安全配慮義務違反に当たるとして、損害賠償請求が肯定されました。
この裁判例では、原告は左大腿骨頸部内側を骨折という重大が傷害を負っており、後遺障害等級6級に相当する後遺障害が残存したこと等を理由に、総額約1720万円の損害賠償請求が認容されています。
東京地方裁判所 平成27年3月10日判決
被告は、本件通所介護契約に基づき、原告が転倒しないよう十分な注意を払うといった抽象的な義務を負うが、原告が主張するような態様で介助する債務を負っているとは認められない上、被告の従業員が実際に行った介助につき明らかな不手際があったとまではいえず、むしろ、原告の行動に起因する突発的な事故であった可能性も残るとして、原告の請求は棄却されました。
この裁判例では、裁判所は、原告を本件椅子に座らせて靴を脱がせる債務を負っていたこと、原告を本件椅子のところまで誘導して、本件椅子に座らせて靴を脱がせるか、又は、それと類似する程度の注意深さでもって原告の靴を脱がせるというような具体的な義務があったとの原告側の主張を退け、原告の請求を棄却しています。
介護事故(誤嚥)の裁判例
松山地方裁判所 平成20年2月18日判決
特別養護老人ホームにおける入所者の誤嚥死亡事故について、ホームを設置した社会福祉法人の不法行為責任が認められました。
この裁判例では、被告職員が、医師から嚥下障害の進行の可能性や誤嚥性肺炎発症の可能性があることを聞いていたこと、実際に食事の際にも利用者がむせ込む状態が続いていたこと等の事実が認定され、被告(社会福祉法人)は、食事介助を行う職員に対し、教育・指導すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったとの判断が示され、事業者側の責任が認められています。
介護事故(誤薬)の裁判例
東京地方裁判所 平成27年4月24日判決
小規模多機能介護事業のフランチャイズとして、通所介護施設を営む被告の職員が、ある施設利用者に対し、他の施設利用者の糖尿病治療用血糖降下薬を服用させたことにつき内用薬を正しく服用させなかった注意義務違反があるとして、施設を運営する被告の使用者責任が認められました。
この事例では、被告側から、当該事故は、当該施設利用者が内袋に氏名を記載しなかったことに起因するもので、被告職員に注意義務違反はないと主張していましたが、裁判所は、内用薬を服用者に正しく服用させるのは、服薬介助を行う介護施設の職員の基本的な義務であるとして、被告のこの主張を排斥しています。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。