介護のリスクマネジメント~介護事故の防止~

最終更新日: 2023年06月13日

介護事故に向けたリスクマネジメント(はじめに)

介護施設におけるリスクマネジメントは、リスク対応、リスクマネジメント対応といった言葉で議論されることもあります。

では、そもそも、リスクマネジメントとは何でしょうか。
リスクマネジメントという言葉の直訳は、危機管理とか危険管理ですが、一般的には「安全管理」という言葉で説明されることが多いです。

すなわち、安全のために、危険(リスク)を組織として管理し、損失の防止や拡大の発生を図ることをいいます。

高齢者施設・事業所においては、転倒、転落、誤嚥などの介護事故、身体拘束などの高齢者虐待、利用者家族への苦情対応などの利用者側とのトラブルがリスク要因として挙げられます。

これを、介護事故に限定すれば、「介護事故を防止し、被介護者の生命、身体や財産の安全を確保すること、そのための取組み」を、安全管理(リスクマネジメント)と表現していると言えるでしょう。

では、高齢者施設・事業所においては、具体的にどのようなリスクマネジメントが実施されているのでしょうか。

一般的に、リスクマネジメントは、主として、

  1. リスク要因の把握・確認
  2. リスクの分析・評価
  3. リスクの処理
  4. 再評価・検証

という4つのステップからなっています。

リスクマネジメント(リスク対応、リスクマネジメント対応)では、この4つのステップを、1回限りのものとせず、反復継続していくことこそが重要であり、この意味で、リスクマネジメントはゴールのない活動といえるでしょう。

上記の4ステップと同様の考え方として、「PDCAサイクル」や「PDCA」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。

これは、Plan(計画)、Do(実施・運用)、Check(検証) 、Action(改善活動)の頭文字を並べた言葉であり、上記①から④のステップと同様に、PDCAのサイクルを繰り返すことで、リスクマネジメントを図ることになります。

今回のコラムでご紹介する現場での様々な業務上の取組みが、上記4つのステップや、PDCAサイクルにおいて、どこに位置づけられるのかを考えながら、読み進めてもらえれば幸いです。

施設内での介護事故の防止・対策マニュアルの策定

リスクマネジメントの代表例として、施設内での介護事故の防止策を記載したマニュアルや、万が一、介護事故が発生した場合に備えた対応マニュアルの策定が挙げられるでしょう。

これは、介護事故を予防するための注意事項や介護・介助の手法について、現場のスタッフや職員全体が均一なレベルを保持できるようにするため、また、突発的な事態にも迅速、適切に対応できる体制を作るために、マニュアルを策定するということです。

上記4つのステップでは、3.リスクの処理として、PDCAサイクルでは、計画(P)と実行(D)に位置づけられるでしょう。

もっとも、唐突に、3.リスクの処理が可能となるわけではなく、その大前提として、上記のとおり、1.リスクの把握・確認が不可欠です。

そこで、1.リスクの把握・確認について見ていきましょう。

介護事故のヒヤリハット報告

介護事故におけるヒヤリハットの定義

4つのステップの①リスクの把握・確認、PDCAサイクルの計画(P)の前提として、「ヒヤリ・ハット」報告(単に「ヒヤリハット」と言うことも多いです。)があります。

ヒヤリハットは、重大な災害や事故には至らないものの、事故につながりかねない経験や場面のことを言い、文字通り、「ヒヤリとした」経験や、「ハッとした」場面の事例収集を行うことを言います。

ヒヤリハット報告書という形式で、ヒヤリハットの事例収集を行うことが一般的です。

介護事故とヒヤリハット事例の線引き、違い

上記のヒヤリハットの説明からもおわかりのとおり、ヒヤリハットは、幸いにも実際には事故や災害には至っていないという点で、介護事故とは一線を画すものです。

もっとも、労働災害における経験則の一つであるハインリッヒの法則が、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在すると提唱していることからも明らかなように、ヒヤリハット事例を集積することは、極めて重要です。

すなわち、介護事故が発生する背後には、多数のヒヤリハットが潜んでいた可能性が高いため、ヒヤリハット事例を集積し、ヒヤリハット報告書を共有することで、重大な事故を未然に防ぐことが可能になるのです。

このように、ヒヤリハットの報告は、あくまでも事故予防・再発防止に向けた情報共有のためであり、ヒヤリハットの場面を招いた職員・スタッフへの罰などではないことを理解すること、職員がすすんで情報提供できる環境を構築することが肝要です。

レベルに応じた区分・分類の重要性

一口に、「ヒヤリハット」と言っても、その程度は様々です。

たとえば、車いすのストッパーをかけ忘れていたものの、特に問題なく車いすに移乗することができたため、何も起きなかったケースも「ヒヤリハット」事例ですし、高齢者が、実際に段差に躓きバランスを崩したものの、職員が支えて事なきを得た場合も、「ヒヤリハット」です。

このように、ヒヤリハット事例の対象は広く、ヒヤリハットとして報告の対象とされる事例も、施設ごとにバラバラです。

たとえば、事故等は発生していないが、事故発生につながる可能性が高い状態・事例を報告対象とする介護老人福祉施設は93%ですが、他方で、入居者への影響が不明・曖昧な場合も報告対象としている施設は28.9%です(介護老人福祉施設における安全・衛生管理体制等の在り方についての調査研究事業)。

以上のとおり、ヒヤリハットという言葉の指す対象も一義的ではありません。

ヒヤリハットを正確に定義したうえで、その程度・レベルを分類し、精緻に分析することで、各レベルに応じた、より実効性のある予防策、再発防止策を策定できるでしょう。

レベルに応じた区分・分類の基準

たとえば、医療の場合、事象をアクシデントとインシデントに分け、その中でもレベルを細かく設定しています(アクシデントはレベル0から2、インシデントはレベル3~5)。

これにより、各事象がどのレベルに属するのかを明確に区分することができ、詳細な分析を通じて、的確な再発防止策を講じることができると言われています。

介護の世界においても、このようなレベルに応じた区分・分類をすることが望ましいでしょう。

たとえば、介護事故が起きる原因から、

  • ルール違反やミスが原因で起きる事故
  • 基本的な事故防止対策、標準的な技術で防げる事故
  • 基本的な防止策や標準的技術を超えた特殊な知識、技術が防止に必要な事故
  • 不可抗力による事故

などと事故を分類し、それに応じた対策を講じることが考えられます。

介護事故の再発防止に向けた対応策

介護事故カンファレンス(介護事故事例の検討、原因分析・要因分析)

上記4つのステップに従い、①リスクを把握・確認し、それに基づく、③リスクの処理を行っていたとしても、事故を100%防ぐことは不可能です。

残念ながら発生してしまった介護事故については、再発防止に向けた対応をしなければなりません。

介護事故が起きた場合、カンファレンスにて事故原因を分析することが不可欠ですが、まずは、分析のための基礎資料となる事故報告書の作成について説明します。

事故報告書には、発生した事故の事実関係や、その後の対応について記録します。
記録にあたっては、記載者は客観的な表現を心がけるべきであり、書いた人と読んだ人が同じイメージを共有できる内容でなければなりません。

具体的には、5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)という点を漏らさず、時系列に沿って、短く記載していきます。

記録者自身が見聞きしていない事情は、原則として記載すべきではありませんが、推測であることや別の人から聞いたこと等を明確にしたうえで、敢えて記載をすることもあるでしょう。

事故報告書が完成すれば、これをもとに、カンファレンスが行われます。

なお、内部の報告書とは別に、介護サービス提供中の事故の保険者への報告については、各保険者が、報告取扱要綱や報告取扱指針によって、報告の対象や内容や報告方法を規定していますので、サービス事業者は、該当する要綱や指針を把握しておく必要があります。

介護事故発生原因の予測とアセスメント

カンファレンスで、事故報告書を前提に、事故の要因や原因を分析する方法を2つご紹介します。

まず、1つは、事故の具体的内容を掘り下げていく方法です(縦方向への分析)。

たとえば、パンをのどに詰まらせて誤嚥を起こした事案では、以下のように、一つの事象に質問を繰り返していくことになります。

なぜパンをのどに詰まらせたのか
→なぜ、口いっぱいにパンを入れたのか
→なぜ、パンが適切な大きさにカットされていなかったのか

もう1つの方法は、事故の要因を多角的に分析する手法です(横方向への分析)。

たとえば、事故について、利用者のリスク(認知症の程度、ケアプランの内容など)、職員・スタッフのリスク、施設や設備などハード面のリスクについて、多角的に検討を加えます。

このような手法を用いて、原因・要因分析を経て、事故についての分析・評価を進めます。

介護事故防止策と再発防止マニュアルの作成

事故についての分析・評価が終われば、事故発生原因に基づいた具体的な再発防止策を講じます。

チェックリストを作成することで、分かりやすく、かつ、どの職員であっても漏れが少ない対応を行うことが可能となります。

なお、再発防止策の策定にあたっては、個別の(事故に遭った)利用者だけに目を向けるのではなく、利用者全体を考えた対策を講じなければなりません。
また、事故防止策が実現可能な内容でなければ意味がありません。

再発防止策を策定した後は、これを、再発防止マニュアルに反映させることも必要です。マニュアルを変更した場合には、変更箇所を分かりやすく指摘するとともに、職員間で共有をするための取組みを行うべきでしょう。

PDCAサイクルの実践

このように、発生した介護事故について、原因を分析・評価したうえで、新たに事故防止策を策定し(P)、これを実行し(D)、十分な運用ができているか、不備がないかを確認し(C)、この改善を図る(A)というサイクルを実践することが、リスクマネジメントにおいては極めて重要です。

介護事故防止委員会の設置などの体制構築

施設によって名称は異なりますが、介護事故防止委員会、リスクマネジメント委員会などを設置し、定期的に開催することも重要です。

これは、4つのステップの【再評価・検証】、PDCAサイクルの「A」に当たる活動といえるでしょう。

委員会の構成は、施設管理者(施設長)や介護スタッフだけでなく、看護師などの医療スタッフ、支援相談員、場合によってはケアマネージャーを含めることで、多角的にリスクを検討・議論できることが望ましいです。

月1度以上の頻度で、定期的に開催し、ヒヤリハット事例の報告や、その検討、現状の事故防止策が十分に機能しているかどうか等を十分に検討し、その結果を職員・スタッフに周知徹底することが求められています。

職員への教育・研修

介護事故防止に向けた施設内の勉強会や研修会の実施、資料の共有

ヒヤリハットを収集・分析を踏まえ、介護事故の種類や発生原因、発生した場合の対応について、研修会(職員研修)を実施することも重要です。
外部講師を呼ぶことも検討されて良いでしょう。

セミナーへの参加

施設長などの施設管理者が、外部のセミナーに参加し、そこで得た知識や情報を現場の職員・スタッフへ提供し、共有するという方法も有用です。

職員の健康状態への配慮

どれだけ十分な職員研修を行っても、現場のスタッフや職員の健康状態が悪ければ、集中力の低下などを招き、事故が発生する可能性も高まってしまいます。

施設が、職員のストレスチェックを実施し、職員の精神状態にも配慮することは、事故防止の観点からも必要なことです。

具体例:介護事故を防ぐには(転倒事故への対策を中心に)

最後にいくつか、介護事故防止のための具体例を紹介いたします。

施設内での介護事故の防止策

転倒事故の多くは、施設の病室や廊下といった身近な生活の場で発生しています。

たとえば、日常の移動方法が歩行の人の場合には、少しの段差でのつまづき、方向転換時にバランスを崩す、呼びかけられて振り向いたときにバランスを崩す等によって転倒する可能性があります。

この対応策として、バリアフリーを目指し、段差や障害物を除去する、床の水濡れを防ぐ、十分な照明を用いる等のハード面の対応が考えられます。

また、利用者本人には、リハビリで筋力やバランス等の再訓練を行い、移動のコツを教えること、福祉用具を変更することも防止策の一つと言えます。

高齢者が歩いているときに、後方から声をかけることは転倒につながるおそれが高いので厳禁ですが、そのことを職員間で周知徹底することも防止策の一つです。

訪問時・送迎時の介護事故の防止策

訪問時や送迎時の玄関先での転倒事故の事例も決して少なくはありません。
特に帰宅時は、安心感から油断が生じ、事故が起きやすい状況です。

たとえば、出迎えられたご家族に気を取られ、車からの乗り降りの際に、つまづいてしまうような事故もあるでしょう。自動車(送迎車)の乗り降りの際には、必ず、声掛けをし、利用者を見守ることが対策の一つです。

利用者から目を離すことができない状況が想定されるのであれば、送迎をする職員の数を増やすなど人員配置における対策もあり得るところです。

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