2019年10月15日
1 はじめに
事業で一財を成した経営者や、多額の財産を相続した資産家は、結婚する前の時点で多くの財産を有しています。結婚後に財産を築いたのであれば、(どの程度寄与したのかは争点になりえますが)離婚時にそれを平等に分与することは公平ともいえます。
一方、結婚前の時点で相当の財産を有していた場合、通常の財産分与の処理をすると、他方は望外の財産を得ることになり、不公平ともいえる結果となりえます。そして、そのような事態を心配して結婚に踏み切れない方もおられるかもしれませんし、周囲の家族や友人が交際相手との結婚に消極的な態度をとることがあるかもしれません。
そのような心配や偏見は婚前契約を作成することによって解消することが可能です。今回は、経営者、資産家など富裕層の婚前契約によくみられる条項についてご説明します。
2 自身の経営する会社の株式を特有財産とする条項
婚姻前から自身が経営する会社の株式は特有財産(固有の財産)ですから、それ自体は離婚時の財産分与の対象とはなりません。もっとも、婚姻後にその株式の価値が増加した場合にはその価値の増加分は財産分与の対象となります。他方、婚姻後に取得した自身の経営する会社の株式はそれ自体が財産分与の対象となります。
会社経営に対する配偶者の寄与度合は限定的な場合が多く、単純に財産分与の割合が50%になるとは限りませんが、それでも会社が順調に業績を上げている場合には株式(及びその価値の上昇分)が財産分与の対象となると非常に大きな金額を配偶者に支払うこととなり不均衡が生じえます。
そこで、婚前契約に以下のような条項を定めることで株式(及びその価値の上昇分)を財産分与の対象外とすることが考えられます。なお、会社の財産は、経営者とは別個の主体の財産ですから財産分与の対象とはなりませんが、争点になることもありますので、明記しておくと良いでしょう。
(条項例)
甲又は乙が経営する法人の株式・持分(その価値の増加分を含む。)及び当該法人の資産・負債は財産分与の対象とはしないことを合意する。
3 エスカレーター条項
⑴ エスカレーター条項とは
経営者、資産家などの富裕層としては、結婚後1,2年で離婚することになった場合に、莫大な財産の半分が配偶者にわたってしまうのではないかと心配する方も多いところです。
例えば、資産10億円の男性と結婚し、2年後に離婚になった場合、単純に半分の5億円が妻に財産分与されるとは限りませんが、それでも短い婚姻期間で大きな財産を分与することになります。
婚姻期間が長くなるにつれて、経済的に優位にある配偶者から経済的に劣位にある配偶者に対して支払われる離婚給付(慰謝料、財産分与など)の金額が増えていくという条項を婚前契約に定めることがよくあります。このような条項をエスカレーター条項といいます。
⑵ 具体例
エスカレーター条項には、例えば、以下のような規定が考えられます。
(例1)
甲と乙が離婚するときは、甲が乙に対して支払う慰謝料と財産分与の総額は、100万円×婚姻年数とする。
(例2)
甲と乙が離婚するときは、甲から乙に対してする財産分与の割合は、婚姻期間に応じて以下のとおりとする。
10年未満 15%
10年以上15年未満 30%
15年以上20年未満 40%
20年以上 50%
(例3)
甲と乙が離婚する際、婚姻期間が10年を経過している場合には、甲が乙に対して支払う離婚給付の総額を100万円×婚姻年数とする。
⑶離婚を促すことにならないか
例えば、上記の例2の場合、結婚から10年が経つと財産分与の割合は30%に増加しますので、それまでに離婚をしようというインセンティブが発生するとも考えられそうです。上記の例3も同様です。
とはいえ、直接的に、明らかに離婚を促すような契約とはいえませんし、むしろ合理的な契約内容と評価できますので、法的効力に影響はないでしょう。
4 サンセット条項
⑴ サンセット条項とは
サンセット条項とは、一定期間の経過又は一定条件の成就によって、婚前契約の全部または一部の条項を失効させる条項をいいます。
結婚してから一定期間は未だ夫婦としての関係性は浅いので婚前契約で夫婦の財産関係は拘束したいけれど、例えば、10年も共同生活を続ければもはや婚前契約で財産関係を拘束する必要なないだろうという考えもあるでしょう。このような条項をサンセット条項といいます。
⑵ 具体例
サンセット条項には、例えば、以下のような規定が考えられます。
例1
婚姻後に取得した給与、財産は全て各人の特有財産とする。
ただし、結婚から10年を経過したときは、婚姻後に取得した給与、財産は全て共有財産とする。
例2
婚姻から5年を経過するまでは、甲から乙に対して支払う離婚給付の総額は300万円とする。
⑶ 離婚を促すことにならないか
サンセット条項についても、婚前契約が廃止になる前に離婚をしてしまおうという離婚へのインセンティブが発生するとも考えられそうです。しかしこのような契約内容についても、直接的、明らかに離婚を促すものではありませんので、法的効力に影響はないでしょう。
5 最後に
以上、裕福な経営者や資産家のための婚前契約についてご説明しましたが、これらの条項は一例に過ぎません。
今回のご説明は、離婚の際に財産の散逸を防止するという観点が強くなってしまいましたが、財産や周囲の心配に囚われずに自由に結婚して充実した人生を送るためのツールとして婚前契約を考えていただければ幸いです。
以下のコラムもご覧ください。
この記事を書いたのは
- 代表弁護士春田 藤麿
- 愛知県弁護士会 所属
- 経歴
- 慶應義塾大学法学部卒業
慶應義塾大学法科大学院卒業
都内総合法律事務所勤務
春田法律事務所開設
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