立退料は払わないといけない?対抗策も解説
最終更新日: 2024年01月26日
「引越し費用を支払うと言っているのに、賃借人が出て行ってくれない」
「出て行ってほしいと言われているが、賃貸人から立退料の提示がない」
立退料の交渉において、賃貸人・賃借人のいずれの立場においても、このように話し合いが行き詰まることがよくあります。立退料の話が進まないために、時間ばかりを無為に消費し、交渉に当たる当事者としては、不安が募る一方ではないかと思います。
今回は、立退料を払うか払わないかについて交渉が行き詰まったときの賃貸人・賃借人それぞれの立場からの対応策を、立退料の専門弁護士が、徹底的に解説していきます。
立退料を払わないケースと払われるケースをどのように区別するのか
どのような場合に立退料が払われ、どのような場合に立退料が払われないのか、まずは立退料が払われる理由を簡単に解説しつつ、具体的なケースをみていきましょう。
なぜ立退料を払わないといけないのか
よく誤解されていることですが、実は、賃貸人には、立退料を支払う法律上の義務はありません。賃貸人の一方的な都合による退去について、無償で退去に協力する人は稀ですから、賃借人に退去をお願いするための費用として、事実上、立退料を払っているだけなのです。
では、賃貸借契約の契約期間満了が近づいたので、賃貸人において、契約終了を主張し、立退料の申し出をせずに単に退去を求めた場合、どのような結論となるのでしょう。
賃貸人の退去請求に賃借人が運よく応じてくれた場合は問題ありません。しかし、何の補償もない退去請求に応じる賃借人は稀であり、賃貸人の退去請求を拒否するのがむしろ普通でしょう。
結局、更新契約をしないまま契約期間が満了してしまっても、法定更新によって従前の賃貸借契約は「期限の定めのないもの」として存続し続けます(借地借家法26条)。
「期限の定めのないもの」となった賃貸借契約は、解約を終了させることに正当事由がない限り、有効に存続しますので、賃借人は今まで通り建物を利用し続けることができます。「建物から出ていってほしい、でも立退料は支払いたくない」というのでは、立退料交渉はいつまで経っても終わらないでしょう。
そして、賃貸借契約を終わらせるための「正当事由」が認められるためには、賃貸人の建物使用の必要性が、賃借人の必要性を明らかに上回ることが必要です。しかし、賃借人にも生活がありますから、そう簡単に正当事由は認められません。
賃貸人の足りない正当事由を補うためには、賃借人が納得して出ていけるだけの金銭を支払うしかありませんから、賃借人を補償するための十分なお金が必要です。そこで、立退料が必要となるのです。
立退料を払わないケース
賃貸人としては、どのようなケースでも立退料を支払わなければならないのか、そのような疑問を持たれるかもしれません。
しかし、立退料を払わないで良いケースは、賃借人に著しい債務不履行があって一方的に契約解除できる場合、そして、定期借家契約または一時使用目的賃貸借契約である場合に限られます。
賃貸借契約を賃借人の債務不履行を理由として解除できれば賃貸人としては、最も確実に退去を求めることができます。しかし、そのような解除が認められるには、賃貸人との信頼関係を破壊すると認められる特段の事情が必要で、例えば、一度家賃の滞納があったという程度では足りません。裁判例上、債務不履行解除を主張するなら、少なくとも家賃3か月分の滞納は必要とされています。
また、定期借家契約や、一時使用目的賃貸借契約とするためには、借地借家法が定める厳格な手続きを履践していなければなりません(借地借家法38条、39条)。
このように、立退料を払わないで強制的に退去させられるケースは多くありません。
賃貸人が立退料を払うべきなのに立退料を払わないケース
もちろん、賃貸人の建物使用の必要性が、賃借人の建物使用の必要性を明らかに上回っていると言えるのであれば、立退料の申し出なく、正当事由が肯定されることもありますが、そのようなケースは少数です。
実際には、建物の老朽化であったり、親族の介護のために部屋が必要になるなど、賃貸人の建物使用の必要性が一定程度認められる事案において、賃貸人と賃借人において、立退料交渉がなされます。賃貸人側の事情も理解できますが、賃借人の生活を一方的に奪うこともできませんから、賃貸人に必要性が認められる事案であっても、立退料なしに賃借人を退去させられるケースは多くありません。
ところが、賃貸人としては、正当事由が当然に認められると考えて立退料を払おうとしないケースは多く、賃借人との間でトラブルになることが多いのです。
賃貸人が立退料を払わない場面における賃借人の対抗策
賃貸人が立ち退きを求める場合、当然に正当事由が認められると考えているケースは多く、賃借人本人から立退料の支払いを求めても、そう簡単には応じてくれません。そこで、このような場合において、賃借人が取りうる対応策について説明します。
退去に応じてはいけない
賃貸人都合による退去に協力してもらうために支払われるものですから、賃借人には、賃貸人に立退料を支払うよう請求する権利はありません。そのため、立退料が払われる前に退去を完了してしまうと、賃貸人としては立退料を支払う理由がなくなってしまいます。
よくある相談として、賃貸人から口約束で立退料を支払ってもらえるとして退去に応じたものの、やはり立退料を払わないと言われることがあります。この場合、残念ながら、口約束となってしまうと立退料の支払合意を証明することは困難です。
反対に、賃貸人が賃借人を退去させるには、多くの場合、立退料の支払いを申し出て正当事由を満たさなければなりません。言い換えれば、立ち退きを最後まで拒絶する賃借人を一方的に退去させるために、裁判をしても、十分な立退料の提示がないと、賃貸人が敗訴するケースが多いことを意味します。
このように、賃借人が退去にさえ応じなければ、賃貸人には立退料を支払わなければならない理由が残り続けますから、退去しないで粘り強く交渉することが重要なのです。
賃貸人に借地借家法の大原則を教える
賃貸人が借地借家法を理解せず、立退料を払う必要がないと誤解し、トラブルになっている事案もあります。
賃貸借契約書に「正当事由不要」、「立退料放棄」といった特約が盛り込まれていることがあり、これを賃貸人が援用して、立退料の不払いを主張するのです。
しかし、借地借家法30条には、「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする」規定がありますから、賃借人の保護を無にするような特約は無効となります。借地借家法の基本的な原理ではありますが、これを賃貸人に理解させるだけで、賃貸人の交渉態度が大きく変わっていくのです。
もっとも、いくら正論をぶつけたところで、賃借人の言うことを全く聞き入れない賃貸人も少なくありません。このような場合は、法律の専門家である弁護士から賃貸人に説明した方が話がスムーズでしょう。
賃料の支払いを拒否する正当な理由を検討してみる
退去に応じないこと、賃借人は借地借家法によって強く保護されていること、この二つを強く訴えても立退料を払おうとしない賃貸人もいます。立退料が、賃借人に退去協力を求めるための金銭であることから、賃貸人において、立退きを断念してしまいますと致し方ありません。この場合、引き続き、賃貸借契約を継続させることになります。
ただ、賃貸人において、まだしばらく建物を貸し出してもよいと考えるのは、賃料が支払われるからこそでしょう。しかし、賃料が支払われないのであれば、早々に退去してほしいと考えるのは当然のことです。
そこで、このような貸主の心情を利用して、ごく稀に賃料不払いを利用して、立退料を支払わせる交渉をすることもあります。ただし、賃料不払いをするため、債務不履行解除されたり、信用情報に傷がつくおそれもありますから、リスクの大きい交渉方法です。
問題となったのは、給水管の大修繕のため、建物に住むことができなかったので、明らかに賃料の支払義務を負う必要のない事案です。当初、賃貸人は、ほとんど立退料を支払うつもりはありませんでした。賃借人を退去させたいけれども、その賃借人が退去しないと賃料も払われないという状況に耐えられず、立退料を支払わせることに成功しています。
繰り返しになりますが、この交渉方法はリスクが高い方法なので、明らかに賃料を支払う必要のない状況下にあるのかどうか、慎重に検討しなければなりません。
賃借人に立退料を払わないようにするための賃貸人の対抗策
次に、賃借人が高額な立退料を要求しており、容易には退去に応じない場合、賃貸人としてどのような対抗策を打てばよいのか、ご紹介します。
賃借人に債務不履行がないか検討してみる
賃借人に債務不履行があったとしても、軽微な契約違反や、一度賃料の支払いを滞納したというだけで、賃貸借契約を一方的に解除し、立ち退きを求めることはできません。裁判例上は、賃貸人との信頼関係を破壊する特段の事情が必要であると解釈されています。
ただ、賃料を一カ月分滞納しているという事実を、他の事実とうまく組み合わせることによって、「信頼関係を破壊する特段の事情」を構成することはありえます。
たとえば、賃貸人が、賃借人に対して、何度も督促を出したにもかかわらず、督促を無視し、滞納している一カ月分の賃料を支払わないという事実になれば、さすがに「信頼関係を破壊する特段の事情」が認められる可能性があります。また、「信頼関係を破壊する特段の事情」に至らないとしても、少なくとも賃貸人の正当事由を基礎づける事実として、賃貸人に有利に解釈されることもあります。
債務不履行があるということは、賃借人に対して、「このまま居住してはいけないのではないか」、「もし裁判で負けてしまったらとんでもないことになるのではないか」という心理的プレッシャーを与えることもできるため、交渉を有利に進めることにつながります。
賃貸人から退去を求めるにあたっては、まず賃借人の債務不履行の事実を検討するべきでしょう。
賃料増額調停を申し立てる
それでも退去に応じようとしない賃借人に対しては、賃料増額調停という方法もありえます。
ただ、近隣の類似物件と比べて1~2万円賃料に差があるという程度では、中々、賃料増額の判断は出ないのが実情です。
修繕対応を回避する方法を検討してみる
賃借人の求める立退料も支払えず、賃料増額調停も認められないとなった場合、すぐに退去を求めるには明渡しの訴訟しかありません。
しかし、賃貸人に正当事由が一定程度あったとしても、相応の立退料の提示が求められるので、訴訟に踏み切っても立退料を支払えなければ意味がありません。
結局、賃貸人としては、どうすることもできませんから、立退き交渉を断念し、賃貸物件の利用を続けてもらうことになり、自発的に賃借人が出ていくタイミングを待つほかありません。
また、賃借人からは当然、建物の修繕要求が出ることもあります。賃貸人には、賃借人に対して、建物を使用収益させる義務があるので、不具合があれば対応しなければなりません。賃借人の修繕要求を無視し、賃借人に損害を与えてしまえば、それに対する賠償責任も生じることがあります。
ただ、賃借人に言われた通り、修繕を繰り返していても賃借人が出ていくことはありませんから、その修繕要求を適法に拒否できる方法がないか検討するべきです。
まとめ
立退料とは、本来、正当事由を補完するためだけに必要とされていることから、賃貸人には、賃借人にこれを支払うべき義務もありません。他方で、賃借人としても、賃貸人の一方的な退去請求に応じる義務もありません。
このように賃貸人、賃借人のそれぞれの権利義務がありますので、立退料の交渉では駆け引きが行われます。
今回は、一般的に有効と思われる対抗策についてご紹介しましたが、どの対応策をとることが最適なのかは、やはり具体的な交渉の場面に入らなければ、一概には説明しきれない難しい問題であります。
ただ、これまで何度も立退料交渉をしてきた弁護士の立場から言えることは、相手の対応を観察しながら、辛抱強く交渉しなければならないことは間違いのない事実でしょう。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。