【弁護士が解説】介護事故を起こした職員個人の責任は?事業者・被害者の両面から解説

最終更新日: 2023年06月13日

【弁護士が解説】介護事故を起こした職員個人の責任は?事業者・被害者の両面から解説

信頼して家族を預けていた施設で介護事故が起きてしまった場合や、従業員の個人的なミスで介護事故を起こしてしまった場合、介護事故に関わった職員個人に対して介護事故の責任が問われるケースはあるのでしょうか?

介護施設に大切なご家族を入居させていて、介護事故に遭ってしまった場合、事故を起こしてしまった職員に対して、きちんと説明や謝罪をしてもらいたい、責任をとってもらいたいと考える人は多いでしょう。

逆に、事業者側も職員が起因した介護事故に対してご家族からの責任追及があるのか、事故発生後の初動や、その後の家族とのやり取りをどのようにすればいいのか、不安をお持ちの担当者もいらっしゃるのではないでしょうか。

本記事では、介護分野を専門に扱い、介護事故事件についても経験豊富な弁護士が、実際に、職員個人が責任を負うことはあるのか、介護事故が起こってしまった場合にどのように対応すべきなのか、を詳しく解説していきます。

職員個人に問われ得る介護事故の責任とは?

職員個人に問われ得る介護事故の責任とは?今回は、職員個人に「責任」追及がなされることがあるのか、というテーマですが、一口に「責任」といっても、実は様々な種類があります。
そこで、まずは、「責任」を分類することから始めます。

転倒事故や誤嚥事故などの介護事故が起きたとき、職員にはどのような責任が生じるでしょうか。
介護事故が起きた場合の責任については、大きく分けると、道義的責任と法的責任に分類することができます。

  • 道義的責任
  • 法的責任

道義的責任

事故が起きた場合、介護事業者や施設の職員が、被害に遭った入居者・入所者や利用者、そして、そのご家族に対して、申し訳ないと感じることもあるでしょう。
このような、不幸な事態、残念な結果を招いてしまったことに対する自責の念を道義的責任といいます。
もっとも、施設や職員が道義的責任を感じている場合でも、必ずしも、施設側が法的な責任を負うわけではありません。

 

法的責任

施設や職員ので申し訳ないという思いや自責の念である道義的責任を超えて、施設側に「法律上」の責任が生じる場合もあります。これが、法的責任です。
法的責任には、大きく分けて、主に損害賠償義務を負担することになる民事上の責任と、国家刑罰権に基づく刑事罰の制裁を受けなければならない刑事上の責任とがあります(その他にも行政上の責任が発生することもありますが、今回の記事では取り上げません)。
奉仕の精神が重視される介護の現場においては、しばしば、道義的責任とこの法的責任とが混同して語られてしまうことがあります。
しかし、道義的責任を認めることと、法的責任があることとは、まったくの別問題ですので、この2つの責任を区別することは、非常に重要です。
つまり、介護事故について、道義的責任から謝罪をすることは、必ずしも法的責任を認めることとイコールではないのです。
そのため、事業者側としては、まずは自身が管理する施設内で不幸な事故が起きたことに対して、ご本人やご家族に真摯に謝罪の意を示すことが、その後のトラブルを防止するためにも大切です。
他方で、利用者やご家族の側も、謝罪を受けたことをもって、施設に賠償責任などの法的責任を問えるわけではなく、たとえば民事上の責任を追及するのであれば、施設側が、その事故を予見できたのか、結果を回避できたのか等の綿密な分析が必要となるのです。

職員個人に対する介護事故の法的責任の種類

職員個人に対する介護事故の法的責任の種類では、「介護事故」が起きた場合には、どのような法的責任が想定されるでしょうか。
上でも記載したとおり、今回の記事では、主として2つの法的責任をご紹介します。

法的責任には、主として刑事上の責任、民事上の責任、行政上の責任がありますが、この記事では、刑事上の責任と民事上の責任を取り上げたいと思います。

  • 刑事上の責任
  • 民事上の責任

刑事上の責任

まずは、刑事上の責任です。
刑事上の責任としては、過失により利用者に対して怪我を負わせた場合や死なせてしまった場合には、実際に介護・介助に従事していた職員に業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)が成立する可能性があります。
業務上過失致死傷罪の法定刑は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金とされています。

また、たとえば、いわゆるネグレクトなど介護・介助が必要な利用者の介護を放棄して生命身体に危険を及ぼした場合には、保護責任者遺棄(致死傷)罪(刑法218条、219条)が成立する可能性もあります。
その他にも、傷害罪(刑法204条)が成立する場面もあるでしょう。

民事上の責任

これまで説明したとおり、刑事上の責任は、国家が刑罰を科すべきかどうかという観点からの責任ですが、介護事故における民事上の責任は、主に施設側や職員個人が、利用者や家族に対して損害賠償責任を負うか否かという問題です。

民事上の責任は、主に契約違反を意味する債務不履行責任と、契約関係にはない当事者同士についての責任である不法行為責任とに分類することが可能です。
まずは、ア 債務不履行責任について、その後、イ 不法行為責任について説明いたします。

ア 債務不履行責任

まず、債務不履行責任についてです。
契約関係などの債権債務関係が存在する場合には、それを前提に、債務者(この場合、施設側です)がその債務を履行しなかったことについて、責任を追及することが可能です。
つまり、簡単に言えば、契約で決まっていることを、きちんと実行しないことについての責任(債務不履行責任)を追及するというものです。
介護事故の場合は、入居者・入所者や利用者(またはその家族)と契約関係にあるのは、事業者(施設側)ですので、原則として、債務不履行責任を負うのは「事業者」となります。
つまり、債務不履行責任の場合、責任を負うのは、基本的には施設を運営する法人であり、利用者と直接契約を結んでいるわけではない「職員個人」が責任を負うことは、原則としてないのです。

なお、介護事故の民事上の責任を追及する場面において、法的に要求される注意義務は、「安全配慮義務」として構成されることが一般的です。

この「安全配慮義務」は、介護事業者においては、契約に従って、利用者に介護サービスを提供するのみならず、その業務遂行にあたって、利用者の生命や身体を危険から保護すべき義務と考えられています。

つまり、「安全配慮義務違反」が認められる場合には、原則として、介護事故に対する事業者側の損害賠償責任が認められることとなりますが、裏を返せば、介護の際に、利用者の生命・身体が侵害された場合であっても、必ず安全配慮義務違反の事実が認められなければ、その介護事故について、事業者側が法的責任を負うことはないのです。

イ 不法行為責任

次に、不法行為責任について検討します。

さきほどの債務不履行責任は契約関係にある当事者同士のトラブルに着目した責任でした。
これに対し、たとえば、交通事故のように、もともと契約関係などの債権債務関係がない者同士の間で、故意又は過失によって権利又は法律上保護される利益を侵害してしまった場合には、不法行為責任が成立します。
不法行為責任のうち、介護事故に関連するものは、主に以下の3種類(ただし、職員個人の責任としてはAのみが想定されます)があります。

A一般的不法行為責任(民法709条)

交通事故の例をあげましたが、介護事故の場面でも同様に、介護・介助などの介護サービスを提供していた職員が、故意又は過失によって、利用者の権利又は法律上保護される利益を侵害してしまった場合には、不法行為責任が成立します。
しかし、実際には、職員個人に故意があった場合はともかくとして、過失があったとして不法行為責任が認められることは比較的少ないといえます。

なお、法的には異なる構成ですが、この一般的不法行為責任を追及する場合にも、債務不履行責任のところで記載した「安全配慮義務」とほぼ同じ事実関係が、主張・立証されることが一般的です。

B使用者責任(民法715条)

使用者責任とは、事業のために他人を使用している者が、被用者が事業の執行について第三者に加えた責任を賠償する責任をいいます(民法715条)。

上記のとおり、介護・介助などの介護サービスを提供した職員個人に対する責任追及も可能ではありますが、実務上、事業者(施設側)への責任追及は「使用者責任」によることが多いです。

一般的不法行為では、故意・過失について被害者たる利用者または利用者家族が立証をする責任を負います。

他方、使用者責任では、

「被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない」(民法715条1項但書き)と規定されています。

つまり、事業者側が自らに落ち度がなかったことを立証しなければ責任を免れることはできない構造になっているのです(なお、事業者側に、この免責が認められることは極めて稀です)。
そのため、使用者責任の構成で事業者に責任追及するケースが多いものと思われます。

C工作物責任(民法717条1項)

施設の設備や構造が原因となって介護事故が生じた場合には、工作物責任が問題となります。

民法717条1項は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。」と規定しています。

この「設置又は保存に瑕疵」があるとは、その物が通常有しているべき安全性を欠いていることを意味します。

介護事故においては、介護施設にふさわしい安全性が備えられていなければ、「瑕疵」があると判断され、占有者または所有者として、事業者側(施設側)の責任が認められることになります。

職員の個人に責任追及ができる3つの場合

職員の個人に責任追及ができる3つの場合
これまで、介護事故によって生じうる様々な責任について説明をしてまいりましたので、一度、介護事故について「職員個人」が責任を負う場合について、まとめたいと思います。
職員個人が法的責任を負うのは、主として以下の3つの場合です。

  • 故意による場合
  • 過失による場合
  • 刑事上の責任を負う場合

故意による場合

あまり実務的ではないかもしれませんが、職員が、故意によって、介護事故を起こしてしまった介助者など職員個人に対しては、一般的不法行為責任を追及することが可能です。

過失による場合

故意の場合だけでなく、過失によって介護事故を起こしてしまった場合でも、職員個人に対して、一般的不法行為による責任を追及することは理論上可能です。
もっとも、民事上の損害賠償請求は損害の填補を目的として行われる側面が強いため、実務上は、職員個人だけに責任追及をする場面は少なく、賠償金を支払う能力が高い事業者にも責任追及をする必要性が高く、職員個人だけに責任追及をすることは、ほぼ無いと言ってもよいでしょう。

また、事業者側も、損害賠償保険に加入していることが多く、実際には、保険者たる保険会社が保険金を支払うことで、損害が填補されることが多いです。
したがって、理論上、職員個人の過失を理由に、職員個人に損害賠償責任が認められたとしても、その職員が実際に金銭的な負担をするケースは少ないといえるでしょう。

刑事上の責任を負う場合

これまで見てきた2つは民事上の責任ですが、職員個人が、業務上過失致傷罪などの刑事上の責任を問われる可能性もあります。

介護事故の責任を問われた個人の対応方法は?

介護事故の責任を問われた個人の対応方法は?では、職員個人が介護事故の責任を追及されてしまった場合、その職員は、どういった対応をすればよいのでしょうか。
以下、重要な2点にしぼって、ご説明します。

組織としての対応窓口を統一してもらうこと

介護事故に直接または間接的に関わった職員個人に対して、利用者やそのご家族が直接の面談や説明を求めることが、しばしばあります。

しかし、当該職員を、利用者側とのやり取りの窓口とすべきではないでしょう。
もちろん、事故の発生状況や原因、事故発生までの経過など、当該職員でなければ説明できない事項はたくさんありますので、そういった事項を説明することは不可欠です。
もっとも、そのようなヒアリングは、施設や法人内部で行うことが可能であり、施設側は、ヒアリングした内容を、職員個人ではなく施設側の説明として、家族に伝えることで一貫した対応をすることが可能となります。
当該職員に必要以上の負担を与えないためにも、また、施設側の説明・見解を一貫したものとするためにも、当該職員以外の家族との連絡窓口を設けることが肝心です。

施設側と当該職員の意見が食い違う場合には弁護士に相談を!

通常であれば、職員は施設側からのヒアリングに正確に答え、誠実に事故の状況を伝えれば、特に施設側との事実認識や意見が食い違うことはないはずです。

しかし、中には施設側が施設自体(運営する法人自体)の責任を逃れるために、当該職員の事実認識や意見を捻じ曲げようとすることもあるかもしれません。

また、そのような明確な意図がなくとも、自身の認識と施設側の認識とがズレていることもあるでしょう。

施設や法人には顧問弁護士がいることが多く、施設や法人が加入する保険会社から弁護士の紹介を受けることもあるでしょう。

しかし、職員と施設との意見が食い違った場合、施設や法人から依頼を受けた弁護士は、職員の味方とはなることができない可能性が高いです。

そのため、もし、施設側との事実認識や意見が食い違っているのであれば、速やかに、その職員自身も弁護士に相談することをお勧めします。

まとめ

まとめ今回は、介護事故の法的責任のうち、職員個人の責任に焦点をあてて解説いたしました。

職員個人の法的責任が認められるケースは少ないですが、理論上は責任が認められる可能性もありますので、介護事故についてお悩みの場合には、まずは弁護士まで、ご相談ください。

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