介護事故の発生時に施設がとるべき対応は?利用者側ができる対応もあわせて解説

最終更新日: 2024年01月28日

介護事故は予防できる?発生時の対応やよくある疑問【弁護士解説】

介護の話題において、「介護事故」というテーマは避けて通れないものです。介護事故を予防することはできないのでしょうか?

また、万が一、介護事故が起きてしまった場合、介護施設側は事故報告書の作成や家族への対応などをどのようにすればよいのでしょうか。

介護事故に巻き込まれてしまった利用者やその家族は、怪我の治療のことや、今後の生活のことについて心配が耐えないでしょう。また、事故について施設が責任をとってくれるのか、慰謝料は発生するのだろうかといった不安を抱えることにもなります。

この記事では、介護事故に詳しい弁護士が、介護事故やその後の対応策について詳しく解説いたします。

目次

介護事故の定義とは?事例・起こりうる結果を解説

新聞やテレビなどで、「介護事故」という言葉を聞くことがあります。「介護事故」とは一体なんでしょうか?

たとえば、高齢者施設で利用者が転倒して怪我をした、食事中の利用者が食べ物を喉に詰まらせてしまった等の事例をイメージされるかもしれません。

まずは、介護事故がどういったものなのか確認をすることから始めたいと思います。

定義

介護事故の定義は様々で、実は、必ずしも一つの定義が正解というわけではありません。

たとえば、平成25年3月に株式会社三菱総合研究所が発表した特別養護老人ホームにおける「介護事故予防ガイドライン」では、「施設内および職員が同行した外出時において、利用者の生命・身体等に実害があった。または実害がある可能性があって観察を要した事例(施設側の責任の有無、過誤か否かは問わない)」という定義がなされています。

今回の記事では、基本的には、この定義に従って説明をしていきたいと思います。

発生事例

介護事故についての説明をより良く理解して頂くために、まず、介護事故が起きやすい場面ごとにいくつか事例をご紹介します。

介護事故が起きやすい場面として、以下の4つをあげることができます。

  • 送迎中の事故
  • トイレに関する事故
  • 食事中の事故
  • 入浴中の事故

以下、詳しく見ていきましょう。

送迎中の事故

まず、送迎中の事故ですが、たとえば、通所介護施設等への送迎中における転倒事故が想定されます。

送迎中の事故についての判例として、東京地方裁判所平成27年3月10日判決を紹介します。

この事例は、デイサービスの帰りに利用者が利用者宅の玄関内で転倒してしまった事例ですが、裁判所は以下の様に述べて、施設側の責任を否定しています。

「被告は、本件通所介護契約に基づき、原告が転倒しないよう十分な注意を払うといった抽象的な義務を負うが、原告が主張するような態様で介助する債務を負っているとは認められない上、被告の従業員が実際に行った介助につき明らかな不手際があったとまではいえず、むしろ、原告の行動に起因する突発的な事故であった可能性も残る」として、原告の請求は棄却されました。

この判例では、裁判所は、原告を本件椅子に座らせて靴を脱がせる債務を負っていたこと、原告を本件椅子のところまで誘導して、本件椅子に座らせて靴を脱がせるか、又は、それと類似する程度の注意深さでもって原告の靴を脱がせるというような具体的な義務があったとの原告側の主張を退け、原告の請求を棄却しています。

トイレに関する事故

次に、トイレに関する事故です。特別養護老人ホームなどで居室からトイレに移動する際の歩行中の事故や、トイレに行こうとベッドから降りる際に転落してしまう事故、トイレ内で転倒してしまう事故などのパターンが想定されます。

トイレでの転倒事故の事例として、横浜地方裁判所平成17年3月22日判決をご紹介します。

この事案は、被告(事業者側)が管理運営する介護施設において通所介護サービス(デイサービス)を受けていた原告(利用者)が、トイレまで歩行介助した職員に対して、トイレ個室内は「一人で大丈夫」と個室に一人で入った際の転倒事故です。

裁判所は、過去に本件施設内で転倒したことがあること、主治医が歩行時の転倒に注意するよう強く警告していたことを認識していたことを指摘しました。

そして、上記認識にもかかわらず、手すりもないトイレ個室内に原告が一人で入ることを許容して、歩行介護することを怠ったと施設側の責任を認容しています。

また、利用者本人が「一人で大丈夫」と述べた点については、このような発言があったとしても、職員が、介護を受けない場合の危険性や介護の必要性について説明、説得をしていないことに触れ、このような発言があっても、歩行介護義務を免れるものではないと判示しました。

もっとも、裁判所は、この点を被告が義務を免れる理由にはならないとしながらも、利用者の過失として捉えており、3割の過失相殺がなされました。

食事中の事故

食事中の事故は、これまで見たような転倒事故とは異なり、食事の際に提供された飲食物を誤嚥し、窒息してしまうという事故です。

誤嚥の事故として、松山地方裁判所平成20年2月18日判決をご紹介します。

この事例では、特別養護老人ホームにおける入所者の誤嚥死亡事故について、ホームを設置した社会福祉法人の不法行為責任が認められました。

この判例では、被告職員が、医師から嚥下障害の進行の可能性や誤嚥性肺炎発症の可能性があることを聞いていたこと、実際に食事の際にも利用者がむせ込む状態が続いていたこと等の事実が認定され、被告(社会福祉法人)は、食事介助を行う職員に対し、教育・指導すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったとの判断が示され、事業者側の責任が認められています。

入浴中の事故

最後に、入浴中の事故です。浴室での転倒による事故や、浴槽内で溺れてしまい死亡や重篤な後遺症が残る事案が想定されます。

入浴中の転倒事故事例として、青森地方裁判所弘前支部平成24年12月5日判決を紹介いたします。

本件は、社会福祉法人(被告)が経営する老人デイサービス事業を利用していた利用者(原告)が、入浴補助用簡易車椅子に座って入浴介助を受けていた際の転倒事故です。

別の利用者が入浴介助担当の従業員に対して、自身の洗身介助を依頼したことから、当該従業員が原告のもとを離れた際に、原告は入浴簡易車椅子ごと体勢を崩し、右半身から床面に転倒してしまいました。

裁判所は、自立歩行は困難であるものの、ある程度の挙動傾向が認められる利用者は、自立歩行可能な利用者よりも転倒の危険が高いこと、浴室が滑りやすい危険な場所であること、原告が車椅子への移乗の際に不安定な姿勢でも待ちきれずに移乗を試みていたことを事業者側が認識していたことなどを指摘しました。

そして、これらの事情を基礎として、事業者側には、以下のような義務があると結論づけました。

 ・対象者から目を離さないようにする義務

 ・一時的に目を離す場合には、

 ・代わりの者に見守りを依頼する

 ・対象者を転倒の恐れのない状態にすることを最優先とする措置をとる

引き起こし得る結果は?

これまで、介護事故が発生しやすい場面と、各場面における具体的な事例として、判例を紹介してきました。

では、介護事故は、どのような事態を引き起こしてしまうのでしょうか。

以下の3点が考えられます。

利用者の怪我や死亡

利用者の生命・身体に実害があったことが、この記事で前提とする介護事故の定義とされています。

つまり、介護事故があった場合には、利用者に怪我(たとえば、骨折など。重篤な後遺障害が残ることも、しばしばあります。)や最悪の場合には死亡という結果が発生することがあります。

介護事故を起こしてしまった従業員のメンタルダウンや退職

利用者の生命・身体への実害はイメージしやすいと思いますが、介護事故は、事故に関わってしまった施設側の職員にも大きな精神的負担を与えることがあります。

自分のせいで、利用者さんに怪我をさせてしまったとの自責の念に苛まれることもありますし、利用者の家族から、職員個人が非難されてしまうこともあります。

職員個人にも法的な責任が発生することもあります

こういった状況から、職員に過度な負担がかかってしまい、精神的負担からメンタルダウンしてしまったり、退職を余儀なくされることもあります。

施設側と利用者・利用者家族との法的責任を巡る交渉・訴訟(裁判)

介護事故が起きた場合に、施設側と利用者・利用者家族側との間で、事故についての説明や法的責任を巡る協議の機会が持たれることは、よくあることです。

この協議が円満に終わることが望ましいですが、利用者・利用者家族としては、今後に対する不安などもあり、感情的になってしまうことも少なくありません。

施設側も、法的責任を速やかに認めることに躊躇することもあるように思います。

その結果、両者の協議や交渉がうまくいかず、訴訟(裁判)へと発展してしまうケースも少なくはありません。

両者の言い分が食い違う以上、訴訟(裁判)という手段を選択すること自体はやむを得ないことだと思いますが、やはり、これまで良好な関係だったはずの施設側と利用者側との間で訴訟が起きることは残念な結果であり、双方にとっての精神的負担も大きいと感じます。

介護事故の予防・再発防止の方法

これまで説明してきたとおり、介護事故は事故にあった利用者や家族だけでなく、施設側や職員個人にも大きな損害を与えてしまうものですから、介護事故が発生しないにこしたことはありません。

ここでは、介護事故の予防と再発防止のための対策について解説します。

全ての介護事故を防止することはできない

介護事故が無くなることが、全ての人にとって良い結果だと思います。しかし、残念ながら、不可抗力で発生してしまう事故や、どれだけ予防策を講じていても発生してしまう事故は存在します。

つまり、介護事故を100%なくすことはできないのです。

介護の現場においては、適切な対策を講じていれば防ぐことができたであろう事故を、確実に防ぐことが極めて重要です。

介護事故の予防に大切なヒヤリハットとは

では、防止できる介護事故を確実に防ぐには、どうすればよいのでしょうか。

ここでは、「ヒヤリハット」をご紹介します。

ヒヤリハットとは?

ヒヤリハットは、重大な災害や事故にまでは至らないものの、事故につながりかねない経験や場面のことを言い、文字通り、「ヒヤリとした」経験や、「ハッとした」場面の事例収集を行うことを言います。

つまり、ヒヤリハットは、幸いにも実際には事故や災害には至っていないという点で、介護事故とは一線を画すものです。

ハインリッヒの法則

ハインリッヒの法則をご存じでしょうか?

ハインリッヒの法則は、1929年にハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが導き出した法則で、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという労働災害における経験則のひとつです。

この法則は、介護事故にも当てはまる部分があると考えられています。

ハインリッヒの法則

ヒヤリハットを集積する意味

ハインリッヒの法則によれば、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するとのことですから、「異常」を把握し、それに一つ一つ対応することで、軽微な事故を防止することができ、ひいては、1つの重大事故の防止につながるのです。

そして、ヒヤリとした経験やハッとした場面は、まさにこの「異常」を意味しているのです。

つまり、介護事故が発生する背後には、多数のヒヤリハットが潜んでいた可能性が高いため、ヒヤリハット事例を集積し、共有することで、重大な事故を未然に防ぐことが可能になるのです。

このように、ヒヤリハットの集積は、重大な事故を未然に防ぐことを意味するものであり、決して、ヒヤリハットの場面を引き起こした職員・スタッフへの罰ではありません。

施設側においては、このヒヤリハットの意義を職員に周知徹底し、積極的にヒヤリハット事例を集積できる環境を構築することが肝要です。

ヒヤリハット以外の介護事故予防・再発防止策

ヒヤリハットの集積以外の介護事故の予防や再発防止には、どのような方法があるのでしょうか。

介護事故におけるリスクマネジメント

介護施設におけるリスクマネジメントは、リスク対応、リスクマネジメント対応といった言葉で議論されることもあります。

そもそも、リスクマネジメントとは何でしょうか。リスクマネジメントという言葉の直訳は、危機管理とか危険管理ですが、一般的には「安全管理」という言葉で説明されることが多いです。

すなわち、安全のために、危険(リスク)を組織として管理し、損失の発生や拡大の防止を図ることをいいます。

高齢者施設・事業所においては、転倒、転落、誤嚥などの介護事故、身体拘束などの高齢者虐待、利用者家族への苦情対応などの利用者側とのトラブルがリスク要因として挙げられます。

これを、介護事故に限定すれば、「介護事故を防止し、被介護者の生命、身体や財産の安全を確保すること、そのための取組み」を、安全管理(リスクマネジメント)と表現していると言えるでしょう。

では、高齢者施設・事業所においては、具体的にどのようなリスクマネジメントが実施されているのでしょうか。

一般的に、リスクマネジメントは、主として以下4つのステップからなっています。

・リスク要因の把握・確認

・リスクの分析・評価

・リスクの処理

・再評価・検証

リスクマネジメント(リスク対応、リスクマネジメント対応)では、この4つのステップを、1回限りのものとせず、反復継続していくことこそが重要であり、この意味で、リスクマネジメントはゴールのない活動といえるでしょう。

PDCAサイクルについて

リスクマネジメントの4つのステップと同様の考え方として、「PDCAサイクル」や「PDCA」という言葉をご存じの方もいらっしゃるかと思います。

これは、Plan(計画)、Do(実施・運用)、Check(検証) 、Action(改善活動)の頭文字を並べた言葉であり、PDCAのサイクルを繰り返すことで、リスクマネジメントを図ることになります。

つまり、安全のためのPlan(計画)を立て、これをDo(実施・運用)し、その状況をCheck(検証)したうえで 、よりよい方法がないかAction(改善活動)をすることを言います。

PDCAサイクル

介護事故カンファレンスの実施

介護事故が起きた場合、カンファレンスを開催し、事故原因を分析することが不可欠ですが、まずは、分析のための基礎資料となる事故報告書の作成について簡単に説明します。

事故報告書には、発生した事故の事実関係や、その後の対応について記録します。記録にあたっては、記載者は客観的な表現を心がけるべきであり、書いた人と読んだ人が同じイメージを共有できる内容でなければなりません。具体的には、5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)という点を漏らさず、時系列に沿って、短く記載していきます。

記録者自身が見聞きしていない事情は、原則として記載すべきではありませんが、場合によっては、推測であることや別の人から聞いたこと等を明確にしたうえで、敢えて記載をすることもあるでしょう。

事故報告書が完成すれば、これをもとに、カンファレンスが行われます。カンファレンスで、事故報告書をベースとして事故の要因や原因を分析する方法を2つご紹介します。

まず、1つは、事故の具体的内容を掘り下げていく方法です(縦方向への分析)。

たとえば、パンをのどに詰まらせて誤嚥を起こした事案では、以下のように、一つの事象に質問を繰り返していくことになります。

なぜパンをのどに詰まらせたのか、なぜ、口いっぱいにパンを入れたのか、なぜ、パンが適切な大きさにカットされていなかったのか

もう1つの方法は、事故の要因を多角的に分析する手法です(横方向への分析)。

たとえば、事故について、利用者のリスク(認知症の程度、ケアプランの内容など)、職員・スタッフのリスク、施設や設備などハード面のリスクについて、多角的に検討を加えます。

このような手法を用いて、原因・要因分析を経て、介護事故についての分析・評価を進めます。

再発防止マニュアルの策定

介護事故を予防するための注意事項や介護・介助の手法について、現場のスタッフや職員全体が均一なレベルを保持できるようにするため、また、突発的な事態にも迅速、適切に対応できる体制を作るために、マニュアル(介護事故の発生や再発を防止するためのマニュアル)を策定しておくことが肝要です。

介護事故について、カンファレンスでの分析・評価が終われば、事故発生原因に基づいた具体的な再発防止策を講じます。チェックリストを作成することで、分かりやすく、かつ、どの職員であっても漏れが少ない対応を行うことが可能となるでしょう。

また、再発防止策の策定にあたっては、個別の(事故に遭った)利用者だけに目を向けるのではなく、利用者全体を考えた対策を講じなければなりません。

当然のことですが、事故防止策が実現可能な内容でなければ意味がありませんので、実際に実現ができるのかという観点も不可欠です。

再発防止策を策定した後は、これを、再発防止マニュアルに反映させることも必要です。マニュアルを変更した場合には、変更箇所を分かりやすく指摘するとともに、職員間で共有・周知をするための取組みを行うべきでしょう。

介護事故が起きたら行うべき対応【施設側】

介護事故を予防するための方策についてお話してきましたが、ここからは、万が一、介護事故が起きてしまった場合の対応について、施設側・利用者側の両面から解説をしていきます。

まずは、施設側の立場でご説明いたします。

介護事故発生時の初期対応

発生時の初期対応

まずは、介護事故発生時の初動についてです。

事故発生時における初期対応は、事故に遭ったサービス利用者(入居者、入所者)の被害をできる限り小さくするために、極めて重要であることは言うまでもありません。初期対応においては、サービス利用者の生命、身体の安全を確保することを目的として、冷静かつ迅速に以下のような対応をすることになります。

まずは、当該利用者の状態の観察が不可欠です。呼吸の有無、意識の有無、出血の有無や程度、打撲や骨折などの状況、頭部や腹部を打っていないかどうかの確認が肝要です。

次に、応急手当です。人工呼吸や気道の確保、止血などを行うことになりますが、このような救命措置や応急手当を行うためには、普段から緊急時に備えておかなければならないでしょう。

その後、救急への通報や主治医への連絡を行います。

病院への連絡の際には、事故発生時の状況のみならず、サービス利用者(入居者、入所者)の健康状態や認知症の程度・認知症ケアの内容、服薬の状況などを、正確に引き継ぐ必要があります。

また、本人が「大丈夫」などと言う場合でも、認知症等の影響で、適切に状況が伝えることができていないおそれもありますので、観察を継続し、病院への搬送を決断すべき場合も少なくないでしょう。

利用者とのコミュニケーションがうまくいかず、病院への搬送ができなかったり、遅れたりした場合には、「高齢者虐待」等の介護事故以外のトラブルに発展するおそれもあるので、注意が必要です。

介護事故後の家族への対応

利用者の生命・身体にかかわる緊急事態への対応後(もしくは、それと並行して)、ご家族への対応を開始することになります。以下、具体的に見ていきましょう。

家族への報告・連絡

救急救命措置などの初期対応を終えた後は、家族への報告・連絡が必要です。

緊急時の連絡ですので、電話を利用することが一般的でしょう。その際、難しいこととは思いますが、冷静かつ正確に状況を伝えるべきです。

ご家族の不安を煽るべきではないですが、意図的にではなにせよ、事実を矮小化して伝えることが事後的にトラブルにつながるおそれもありますから正確性には特に注意が必要です。

家族への報告・連絡の際の注意点

厚生労働省の「福祉サービスにおける危機管理(リスクマネジメント)に関する取り組み指針~利用者の笑顔と満足を求めて~」(平成14年3月28日)には、不幸にも事故が起こってしまった場合の対応における基本的な考え方が整理されています。

まず、何よりも重要なのは、事故の責任が事業所側(施設側)に「ある」・「ない」ということではなく、誠意ある対応、利用者や利用者家族に寄り添った対応を心掛けることです。したがって、謝罪(道義的な謝罪)と説明が、家族対応の肝といえます。

この点を踏まえ、上記取り組み指針では、以下の3点を「事故対応の原則」とするよう指摘されています。

  • 1.組織として対応すること
  • 2.事実を踏まえた対応をすること
  • 3.窓口を一本化して対応すること
1.組織として対応すること

まずは、個人ではなく組織として対応することです。施設は契約当事者として、一体となった対応をすべきです。

利用者側からは、受傷した当該利用者が「被害者」であり、介助担当者たる職員が「加害者」であるとの主張がなされる場合もありますが、当該職員個人を窓口とするのではなく、組織として対応すべきです。

2.事実を踏まえた対応をすること

次に、事実を踏まえた対応です。事実を正確に整理・調査し、それらを踏まえた対応をすることが必要です。

その際、経過の正確な記録(誰にいつどういう説明をしたか)や、その後の経時的な記録が重要です。

そのためにも、日頃のサービス提供記録のほか、事故が発生した際にどのような記録を整備するかについて、施設内でルール化しておくことが望まれます。

3.窓口を一本化して対応すること

そして、窓口を一本化した対応です。窓口を一本化し、担当者を決めておかなければ、①の組織としての対応も難しくなるでしょう。

また、事故発生時の対応責任者を決めておくことで、利用者や家族と十分にコミュニケーションを図り、利用者側の訴えを、単なる苦情・クレームにとどまるものか、訴訟につながるおそれのあるものかなど、慎重に見極める必要があるでしょう。

謝罪はすべきか?

ご家族への対応について、謝罪(道義的な)と説明が肝であると説明いたしました。

しかし、介護事故が発生した場合、事業者側は、損害賠償請求を受けるのではないか、裁判になるのではないか、事業所・施設の評判が悪くなるのではないか等、不安を抱えてしまい、謝罪に踏み切ることが難しいかもしれません。

利用者やそのご家族に謝罪をすれば、事業者側が責任を認めたことにつながるのでは、とお考えになる方もいらっしゃるでしょう。

しかし、道義的な責任を認める謝罪することと、法的な責任を認めることとは、別の問題です。

介護事故によって重大な結果が生じているのであれば、原則として、まずはその結果に対して遺憾の意を示したうえで、謝罪をし、利用者やご家族の気持ちに寄り添うことが誠意のある対応でしょう。

施設側が謝罪さえしてくれていたら、裁判に発展することはなかっただろうという事案も少なくはなく、事後対応のミスは紛争の拡大に直結するといえます。

上記の厚労省の取り組み指針からも明らかなように、(道義的)謝罪が家族対応の肝であり、事業者向けの最重要のアドバイスの一つです。

では、利用者・家族に対しては、どのような方法で謝罪をすればよいでしょうか。

具体的な文言が決まっているわけではありませんが、やはり誠意を伝えることが重要です。繰り返しとなりますが、心から被害を受けた利用者や家族に寄り添うことを意識すべきでしょう。利用者やご家族の気持ちを「傾聴」し、頭ごなしに否定したり、議論することは避けるべきです。

他方で、何でもかんでも謝罪をしたり、闇雲に頭を下げたりすることは、何かを隠しているのではないか、施設側に法的な落ち度があるのではないかといった疑いをもたれるおそれもありますので、注意が必要です。

また、謝罪の際に、施設側の安全配慮義務違反を認めるかのような発言(たとえば、「十分な転倒防止策を実施できていませんでした」等の発言)をしてしまうと、法的責任を認めたと誤解されるおそれもあることから、慎重な対応が求められます。

謝罪の機会が設定されている場合には、出席者において、発言内容の確認やリハーサル、シミュレーションを綿密に行うとよいでしょう。

治療費や医療費負担の約束・合意

介護事故が発生した直後、利用者の家族から、「治療費は施設が負担しろ」と要望されることは少なくないでしょう。

このような場合は、どのように対応すべきでしょうか。

結論から言えば、事故についての賠償の方針(責任の有無、賠償の範囲)が決定するまでの間は、治療費や医療費について支払を約束することは控えるべきです。

施設側に法的責任がある場合には、治療費・医療費を賠償することになりますが、事故発生直後に、施設側の法的責任を判断することは、実際は、ほとんど不可能に近いです。

そのため、治療費の負担について、その場ではお約束はできないものの、事故の経緯を調査・検討したうえで、必ずお知らせをする旨、伝えて、ご理解を頂く必要があります。仮に、治療費の負担を約束してしまった場合には、治療が想定以上に長期化し、治療費が高額になってしまうおそれがあります。

また、事後的に施設側が法的責任を負わないとの判断をした場合にも、法的責任がないことを前提とする話合いが困難となり、紛争が拡大してしまうおそれがあります。

その他に、治療費に関連しては、利用者側が、施設内での事故について、国民健康保険を利用することに抵抗を示すケースもあります。

その場合、施設側としては、国民健康保険を利用することのメリットや、第三者行為による傷病等の届出が必要になること等を説明する必要があるでしょう。

同意書についての説明

治療費の支払に関連する事項として、「同意書」についての説明があります。

一般的に、保険会社による調査では、病院の診断書やカルテなどを取得する必要がありますが、そのためには、病院に「同意書」を提出しなければなりません。

この点についても、事前に案内をしておくことで、事故に関する調査がスムーズに進みます。

上記の治療費の支払についての説明の際に、併せて「同意書」の作成をお願いする予定であることを事前に告知しておけばよいでしょう。

お見舞金は支払ってもよいのか?

お見舞金は、その名のとおり、利用者やそのご家族への「お見舞い」のために支払われるもので(死亡事故の場合には、「香典」として支払われることもあります。)、介護事故の精神的損害による慰謝料などとは異なり、事故による損害賠償責任の有無と関連するものではありません。

そのため、事故が起きた場合に必ず支払わなければならないものではありませんが、個別具体的な事情に応じて、施設側の気持ち・誠意として支払うこともあり得ます。

このように、見舞金は賠償金とは別であり、また、決まった金額があるわけではないことから、利用者が過失によってお亡くなりになった事案であれば、おおよその目安として、5万円から10万円程度、骨折などのお怪我をした事案であれば、数万円程度をお渡しすればよいと考えます。

あくまでも、お見舞金(もしくは香典)であることがわかるように、支払う必要があるでしょう。

絶対にしてはならない対応

ここまで、介護事故発生後の具体的な対応について確認してきましたが、絶対にしてはならない対応として、以下の3つをご紹介します。

  • 介護事故を報告しない
  • 介護事故を隠す(職員による隠蔽など)
  • 介護事故について嘘をつく
介護事故を報告しない

まず、介護事故を報告しないことについてです。

介護保険事業者は、介護保険事業所において事故が発生した場合には(ただし、報告を要する事故が規定されています)、市町村等に報告等を行うことが厚生労働省令及び各市町村の要綱等で義務付けられています(報告義務)。

意図的に報告をしないという選択をとるべきでないことは当然ですが、誤って報告ができなかったという事態を避けるためにも、報告を要する介護事故か否か、正確な判断が不可欠です。

事前に報告マニュアルを作成しておくことで、ミスなく円滑に、保険福祉課など行政への報告を行うことができるでしょう。

また、些細な怪我だと思い家族には連絡をしなかった等の対応が、事後的に介護事故を報告しなかったとの評価につながるおそれもあります。施設側としては、利用者の状態のわずかな変化にも気づくことができるよう、日ごろからの心がけが重要です。

介護事故を隠す

次に、介護事故を隠すことについてです。

事業者側が介護事故を隠すつもりはなくとも、事故を起こしてしまった職員が、事故の存在を隠してしまうおそれもあるでしょう。

介護事故を当該職員のみの責任にはせず、組織として対応する体制を構築することが、このような事態を防ぐための第一歩と考えます。

介護事故について嘘をつく

最後に、介護事故について嘘をつくことについて。

事業者側が介護事故に対する責任を逃れるため、報告書に虚偽の記載をしたことが発覚した場合には、利用者や利用者家族からの不信感が大きくなることは当然であり、紛争拡大は避けられないでしょう。

利用者側が弁護士を介入させ、証拠保全などの措置をとった場合に、利用者側への説明と行政への報告とが異なっていたことが発覚する場合も想定されます。

訴訟になった場合には、隠蔽等が不利に評価される可能性は極めて高いといえます。

また、市町村等への報告に虚偽があった場合には、場合によっては、当該事業者に対して、指定取消処分が課される可能性も否定はできません。

介護事故が起きた場合には、利用者及びその家族に誠意をもって対応すべきであり、当然のことながら、いかなる理由があっても隠蔽や虚偽報告などを行ってはなりません。

保険会社や弁護士への報告

ご家族への対応とは別に、保険会社や弁護士への相談・報告は、どのタイミングで、どのように行えばいいのでしょうか。

保険会社への報告

ほとんどの高齢者施設・事業所は、介護事故による損害賠償に備えて、事業者向けの損害賠償責任保険に加入しています。

では、介護事故が発生した場合、保険会社には、いつ、どういったタイミングで報告をすればよいでしょうか。

保険会社が保険金を支払う義務のある事故か否かを判断するためには、施設側の損害賠償責任の有無を判断する必要がありますが、この判断は、単に事故報告を受けただけでは難しく、調査が不可欠です。

そのため、高齢者施設・事業所においては、調査の期間を要することを理解したうえ、できる限り早期に、保険会社や保険代理店へ事故の報告をすべきでしょう。

その際、保険会社が適切な判断を下すためにも、有利な事情や不利な事情を問わず、できる限り正確な事故状況を伝えることが求められます。そして、事案にもよりますが、保険会社は、事故状況の把握のために施設の現地調査を行うこともあります。

また、介護事故の予見可能性を判断するため、事故発生までの介護記録を精査し、利用者に生じた怪我の程度や内容を把握するために病院の診断書やカルテを精査することもあるでしょう。

そのため、責任の有無の判断には1ヶ月程度、損害の範囲の判断については(怪我について症状固定を経たうえで)2、3ヶ月以上を要することも少なくありません。

保険会社が判断を下すまでに時間を要することを見越して、事故についての事実の確認が完了すれば、できる限り速やかに保険会社への事故報告を行うことが望ましいでしょう。

弁護士への報告

弁護士への報告も、少なくとも保険会社への報告と同時期になされていることが望ましいといえます。

弁護士としても保険会社の調査を待たなければならない部分もありますが、独自に当該事故の責任の有無や損害の範囲を検討することは可能であり、現時点での見通しに基づき、ご家族にどのように対応すべきかアドバイスをもらうことも可能です。

行政への報告

介護保険事業者は、介護保険事業所において、事故が発生(ただし、報告を要する事故が規定されています)した場合には、市町村等に報告等を行うことが厚生労働省令及び各市町村の要綱等で定められています。

たとえば、大阪市では、報告すべき事故の内容を、サービス提供中における死亡事故及び負傷等と、その他サービス提供に関連して発生したと認められる事故で報告が必要と認められるものと定めています。

そして、具体例として、転倒などのいわゆる介護事故だけでなく、一定の条件を満たす感染症・食中毒や、職員の法令違反などもあげられています。

明記はされていませんが、サービス提供中に、利用者同士のトラブルで負傷した場合も、報告の対象となるでしょう。

また、介護保険法上の介護保険事業所については保険者たる市町村への報告が必要とされていますが、住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅からの事故報告は、福祉局高齢者施策部介護保険課へとされています。

以上は、大阪市の例ですが、事故報告の必要性、報告先の窓口の名称(高齢者福祉課、事業者指導係、高齢者支援係など様々です。)、報告の内容や報告書の様式などは、市町村により異なります。

利用者の保険者が他市町村の場合は、その保険者の定めるところによるとの規定も見られます。

このように、行政への報告は、やや複雑といえますので、事業者・施設側としては、迅速な対応のためにも、関係する市町村の定めを事前に確認しておくことが重要です。

多くの場合は、介護者の故意過失を問わず、外部の医療機関を受診する程度の傷害を負った場合に、報告を義務付けているようです。

なお、警察への報告については、常に必要とされているわけではありません。

ただ、例えば、職員による故意の犯罪行為の可能性がある場合、業務上致死傷の可能性がある場合には警察への通報を視野に入れる必要があります。

介護事故報告書に関しては、このページも参考にしてみてください。

職員へのサポートについて

介護事故に直面した場合、その当事者となった職員の精神的ショックは計り知れないものでしょう。

トラウマのような症状や精神障害等により、介護の現場に戻ることが困難になる方もいらっしゃるでしょう。不幸にも、介護事故の当事者となってしまった職員は、自責の念に苛まれているはずです。

そのため、事業者側として、何よりも心のケアをすることが重要であり、「あなたのせいだ」等という姿勢で追い打ちをかけることは避けるでしょう。

仮に、その職員に過失があったとしても、安易にその職員を責めるべきではなく、組織の問題、設備の問題、人員配置の問題など、介護事故が発生した原因を究明し、研修や教育を通じて再発を防止する姿勢が重要です。

もちろん、職員による故意の犯罪行為のような場合には、この限りではなく、厳正な対応が必要となることは当然です。

介護事故の被害にあったら行うべき対応【利用者側】

次は、介護事故が発生した場合の利用者側の対応について、説明いたします。

施設側に説明を求めること

ご家族が介護事故にあった際、まず、怪我の心配をすると共に、何があったのか知りたいと考えることは、とても自然なことです。ご家族としては、まず施設側に介護事故の状況について説明を受けたいと申し入れるべきでしょう。

もちろん、事故を起こした施設側から連絡をして説明を尽くすべきとの考えもあるところですが、積極的にご家族側から説明を希望することで、施設側も慎重かつ詳細に事実を把握しようと努める可能性が高まる場合もあります。

対面での説明と書面での説明

では、施設側からはどのような方法で説明を受ければよいでしょうか。

やはり、対面での説明と書面での説明の両方を行ってもらうことが望ましいと考えます。対面であれば、直接顔を見ながら協議をすることができますので、謝意や誠意がより伝わりやすいといえます。また、口頭だからこそ伝えることのできるニュアンスもあると思います。

他方、口頭では言った・言わないの争いが生じてしまう懸念もあり、重要な事項については、書面にて説明をしてもらうことが、事後の紛争を避けるためには必要です。

たとえば、事故の具体的な状況や法的責任の有無、提示する損害賠償額などは、書面に記載することが望ましい事情といえるでしょう。

弁護士への相談

介護事故について弁護士に依頼することで、専門的な見地からのアドバイスや見通しを聞くことが可能になります。

また、施設側との交渉ややり取りに疲弊しているご家族も多いと感じますので、弁護士が窓口となることで、ご家族の疲弊や負担を取り除くこと一助となるはずです。

このように、介護事故が発生した場合に、弁護士に相談することは重要なことです。相談のタイミングは、施設からの説明を受けた後でも構いませんが、場合によっては施設側の説明の機会に同席することも検討すべき場合があるでしょう。

なお、弁護士に相談することについてのメリット・デメリットについては、この記事をご参照ください。

まとめ

いかがだったでしょうか。

今回は、介護事故の具体例や予防方法、介護事故が起こってしまった場合の対応など、介護事故全体について幅広くご説明いたしました。

>介護事故を完全に防ぐことはできないことを前提に、できる限りの予防や対策が講じられ、不幸な事故が少しでも減ることを願っています。

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