介護士が虐待を行っている?虐待を疑われるときと発覚したときにすべきことを解説

最終更新日: 2022年03月15日

介護士が虐待を行っている?虐待を疑われるときと発覚したときにすべきことを解説高齢者虐待防止法では、高齢者虐待とは

「養護者や養介護施設の従事者などによる高齢者(65歳以上)に対する虐待」

と定めています。

養護者が悪意をもって高齢者虐待を行っているとは限らず、無自覚に行っている行為が高齢者虐待に該当していることも少なくありません。また、介護士など介護従事者による高齢者虐待も起こっています。

そこで今回は、高齢者虐待の問題を多数解決に導いてきた弁護士が、介護現場で起こる高齢者虐待の実態や原因・虐待が疑われるときの対応方法などについて解説します。

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この記事を監修したのは

弁護士 南 佳祐
弁護士南 佳祐
大阪弁護士会 所属
経歴
京都大学法学部卒業
京都大学法科大学院卒業
大阪市内の総合法律事務所勤務
当事務所入所

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介護士による虐待の実態

ここでは、介護士による虐待の実態を、厚生労働省の調査から解説します。

令和元年度に高齢者虐待と認められた件数を、下の表にまとめました。

  平成30年度 令和元年度 増減数 増減率
養介護施設従事者等 621 644 23増加 3.7%増加
養護者 17,249 16,928 321減少 1.9%減少

 

これによると、令和元年度に、養介護施設従事者等による高齢者虐待と認められた件数は、養護者による高齢者虐待と認められた件数の約3.8%に過ぎません。

ただし調査によると、養護者による高齢者虐待判断件数はほぼ横ばいであるのに対して、養介護施設従事者等による高齢者虐待判断件数は増加傾向が見られます。

また、高齢者虐待の相談・通報件数に関しては、養介護施設従事者等、養護者ともに増加傾向でした。

介護士による虐待の種類

介護士による高齢者虐待の5つの種類は、次の表の通りです。

身体的虐待
  • 体にダメージを与える虐待
  • 殴る蹴るや監禁、拘束など
養護放棄
  • 高齢者に必要な介護を行わない虐待
  • 水や食事を与えないことや、部屋の掃除をしないことなど
心理的虐待
  • 精神的に高齢者を苦しめる虐待
  • 無視や罵倒など
性的虐待
  • 本人の同意なく性的な行為を強要する虐待
  • キスや性交渉など
経済的虐待
  • 金銭的に高齢者に負担をかける虐待
  • 高齢者の金品の無断使用や勝手な売却など

これら5つの虐待のうち、最も発覚件数が多いのが身体的虐待です。参考記事によると、養介護施設従事者等による虐待のうち、60.1%に上ります。その原因は、身体的虐待が一番視覚的に分かりやすいからと考えられます。

介護士が虐待を起こす背景

ここでは、介護士が高齢者虐待を起こす背景を4つ解説します。

  • 劣悪な労働環境
  • 教育の不徹底
  • 職場への不満
  • 施設の隠蔽体質

それでは、1つずつ解説します。

劣悪な労働環境

介護士が虐待を起こす背景の1つ目は劣悪な労働環境です。

介護士は、ときには体重の重たい大人を抱えて移動しなければならない重労働である上、高齢者によっては感謝どころか文句や暴言を吐かれることもあるでしょう。

また、昼夜問わない24時間体制のシフト制勤務も、介護士には負担に感じられます。

日々の疲労が積み重なると、どんなに良識がある人でも正常に判断できなくなるものです。すると、日頃の不平や不満の矛先が立場の弱い高齢者へ向かってしまい、虐待を助長する結果を招きます。

教育の不徹底

介護士が虐待を起こす背景の2つ目は教育の不徹底です。

介護施設に入所する高齢者が増加しているだけでなく、介護士自体に激務のイメージが強いため、介護現場は慢性的な人手不足に悩まされています。

そのため、新しい人材が入職しても教育を行う人材も時間も不足しており、徹底した教育ができません。中には、介護経験がないまま介護士になった介護士もいるでしょう。

介護士への教育の不徹底により、介護士は適切に高齢者に接することができず、場合によっては無自覚のうちに高齢者虐待を行うことになることもあるかもしれません。

職場への不満

介護士が虐待を起こす背景の3つ目は職場への不満です。

人間関係や給料、シフトなどの待遇面での不満を感じている職員が誰もいない職場は、ほぼ存在しないでしょう。

また、不満を訴えても上司に無視されたり、改善が見込めずぞんざいに扱われたりすると職員は精神に不調をきたすこともあります。職員が精神に不調にきたすと、正常な考えをもてなくなる恐れがあります。

介護士であれば、正常な考えをもてず自分より弱い立場である高齢者に対して虐待を行うこともあるでしょう。

施設の隠蔽体質

介護士が虐待を起こす背景の4つ目は施設の隠蔽体質です。

介護施設の中には、限られた人数で仕事を回しており、施設内でフラットに意見が言いにくいところもあります。

そのような風通しの悪い職場だと、ある介護士が高齢者虐待を行っている様子を別の介護士が発見して、そのことを上司に訴えたとしても、入居者の家族への対応などを面倒に思って口止めされることもあるかもしれません。

ひどい場合だと、高齢者虐待を訴えた介護士が左遷などの不利益を被る恐れもあります。そのようなことがあると、訴えた当人だけでなく、周りも見て見ぬふりをするようになり、高齢者虐待の発覚が一層遅れる恐れがあります。

介護士の虐待に関する法令等

どんな状況であっても、虐待は許されることではありません。そのため、高齢者虐待を防止するための法令等の整備が進められています。

高齢者虐待が社会問題となったことから、平成18年に「高齢者待防止法高齢者に対する虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律 (高齢者虐待防止法)」が施行され、高齢者虐待の定義や高齢者虐待の防止に関する措置が定められました。

また厚生労働省のガイドラインでは、具体的な虐待の例を交えながら、高齢者虐待の実態や要因・虐待の種類などを説明しています。

このガイドラインでは、各自治体の役割や責務を明確にし、高齢者虐待防止に向けての視点や留意点についても提起しています。

介護士の虐待が疑われるときにすべきこと

ここでは、介護士の虐待が疑われるときにすべきことを、家族と施設の立場で解説します。

家族がすべきこと

家族がすべきことは、利用者や介護士に対してこまめに目を行き届かせることです。

2人きりの密室などの人目につかない場所では、虐待が起こりやすいと想定されます。家族が利用者にあまり会いに行けないと、介護士からの虐待があってもなかなか気付かない危険性があります。

そのため、家族で協力してなるべく利用者と面会の機会を作り、利用者の見た目や状態に気になる点がないか確認できると安心です。

また、利用者と面会するときには介護士に声がけをすることも、家族の目が行き届いているアピールとなり虐待の抑止につながります。

特に、家族や利用者に対して、介護士が不審な態度を見せた場合は注意が必要です。直接施設に訴えにくいときは、専門のホットラインや相談窓口を利用してもよいでしょう。

施設がすべきこと

施設がすべきことは、虐待の有無を判断するための客観的な証拠をそろえることです。介護士による虐待の疑いがあっても、客観的な証拠がないと対処のしようがないためです。

虐待の客観的な証拠として有効なのは、介護士や利用者などへの聞き取り調査でしょう。ただ、そのときは誰にどの順番で聞くのかが非常に重要です。事実が明確でない状態では、職員同士の関係が悪くならない配慮が大切になります。

信頼の置ける介護士を選んで聞き取りを行った後、虐待を疑われる介護士や、虐待を懸念されている利用者への聞き取りをしましょう。

「いつ」「どこで」「誰が」「何を」を整理しつつ、聞く内容は必ず録音します。さらに、防犯カメラの映像も必ず確認するだけでなく、虐待を疑われる介護士と利用者とが関わらないよう、配置を変更することも必要です。

介護士の虐待が明らかになったときに施設が行うべきこと

ここでは、介護士の虐待が明らかになったときに施設が行うべきことを5つ紹介します。

  • 被害者の保護
  • 虐待を起こした職員の処遇決定
  • 被害者家族への連絡
  • 通報
  • 行政の立入り調査受け入れ

それでは、1つずつ解説します。

被害者の保護

施設が行うべきことの1つ目は、被害者の保護です。

被害者の安全を確保するためには、まず被害状況を理解する必要があります。他の介護士への聞き取りや、けがを負っている場合はすぐに病院を受診し、看護師や医師の助言を受けましょう。

身体的虐待を受けていた場合は、治療が必要な場合もあります。また、対象の介護士と接点がなくなり虐待を受けなくなっても、虐待で負った心の傷がすぐにいえるとは限りません。被害者の気持ちに寄り添い、様子を見守っていくことが大切です。

虐待を起こした職員の処遇決定

施設が行うべきこと、2つ目は虐待を起こした職員の処遇決定です。

虐待の事実が分かったら、対象職員は他の利用者も担当させてはいけません。業務を停止させ、必要な調査以外は別室か自宅で待機させます。欠員が出ることから他の入居者に影響が出ないよう、速やかにシフト調整や配置換えなどの対応をしましょう。

また、事実発覚後に行方不明になる可能性もあるため、対象職員への聞き取りは迅速にその日のうちに行います。その証言は、防犯カメラなどから裏付けを行いましょう。

さらに業務停止また自宅待機命令の間の給与については、あらかじめ就業規則に記載があると対応しやすいでしょう。

調査が終わったら、注意指導にとどまるのか、懲戒処分を行うのかを判断します。解雇を行うときにも、普通解雇か懲戒解雇かを慎重に決める必要があります。

被害者家族への連絡

施設が行うべきこと、3つ目は被害者家族への連絡です。

調査が概ね終わり、虐待の事実が分かったら、まずは家族に連絡をします。事実連絡が必要なのはもちろんのこと、1番に伝えなければ何も知らされないまま警察や行政からの連絡で虐待を知ることになると、家族が施設に対して一層大きな不信感を抱く恐れがあります。

また、場合によってはマスコミが虐待に対して取材を行うこともあるかもしれません。虐待についてあまり分からないまま取材を受けると、家族は精神的に大きな負担を感じることになるでしょう。

通報

施設が行うべきこと、4つ目は通報です。

高齢者虐待防止法第21条第1項では、介護施設で虐待が発見されたときは市町村へ通報するよう定められています。家族への報告説明が済んだら、市町村に通報をし、その指示に従いましょう。

このとき、高齢者虐待用の事故報告書の作成や提出も必要になります。ただ、警察への通報は義務付けられていません。通報することで大事になることも想定されるため、家族の意向を確認した上で慎重に進めましょう。

行政の立入り調査受け入れ

施設が行うべきこと、5つ目は行政の立入り調査の受け入れです。

市町村に通報をすると、都道府県の協力のもとで立入り調査が行われます。職員への聴取調査の他、保管されている利用者の記録や報告書などが確認されます。

聴取調査は、行政職員が現地に赴いて行いますが、場合によっては調査対象者自ら市役所などに行かなければなりません。どの調査に対しても、責任をもって誠実に対応することが大切です。

介護士の虐待が疑われるときには弁護士にも相談

今回は、介護現場で起こる高齢者虐待の実態や原因・虐待が疑われるときの対応方法などについて解説しました。

虐待の事実が明らかになったときには、感情的に対応してはいけません。冷静に事実を明らかにし、客観的事実を整理した上で、今後の対応を決定していきましょう。

また、介護士の虐待に関するトラブルの解決に難航したときには、介護問題に強い弁護士に相談しましょう。それにより、早く確実にトラブルを解決できる可能性が高まります。

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