高齢者施設・事業所の労務管理(介護事故を起こした職員への対応等)

最終更新日: 2023年06月13日

高齢者施設・事業所の離職率や外国人雇用等の近年の状況

公益財団法人介護労働安定センターが実施した令和元年度「介護労働実態調査」によれば、介護サービスに従事する従業員の不足感(大いに不足、不足、やや不足と回答した割合)は、全体で65.3%です。

中でも、訪問介護員に限定した場合、81.2%の事業所が不足感を感じており、(訪問介護員以外の)介護職員についても、70%近い事業所が、不足感を感じています。

そして、この介護サービスに従事する従業員が不足している最大の理由は、採用が困難であることです。

離職率が高いのでは?とも思えます。しかし実は、採用が困難であると答えた事業所は、不足感を感じている事業所の90%にものぼり、他方で、離職率が高いと答えた事業所は、18.4%にとどまります。

実際、介護サービスに従事する労働者の離職率は15.4%であり、他業種と比較してみると、たとえば、宿泊業・飲食サービス業では離職率26.9%、生活関連サービス業・娯楽業などでは23.9%です(ただし、介護職の離職率自体も、業種全体の離職率よりは高いです)。

不足感の最大の要因である「採用の困難」を解消すべく、徐々にではありますが、外国籍労働者の受け入れを進める事業所も増えてきています。

介護分野においても、新たに「特定技能」という在留資格が創設されたことから、現在は外国籍労働者を受け入れる事業所はまだ全体の6.6%ですが、今後は増加していくことが予測されます。

外国籍労働者を受け入れるにあたり、言葉の問題、利用者との意思疎通や、従業員同士のコミュニケーションが不安視されていますが、実際に受け入れをした事業所においては、職場に活気が出る、利用者が喜んでいるといった声もあがっており、課題はあるものの、単なる労働力確保以上の効果もあるようです。

このように、介護サービスに従事する従業員は不足しており、各事業所がこれを補うために努力を重ねている状況です。

今回は、法的な観点から、高齢者施設・事業所における労務管理について検討したいと思います。

メンタルダウンなどによる退職の問題

従業員への過度なストレスや精神的ショック

高齢者施設・事業所において介護サービスを提供するスタッフは、日々、様々なストレスを感じており、中には、精神的ショックを受けるような事態に遭遇することもあるでしょう。

たとえば、利用者の入浴介助や移乗など身体的な負担を伴う業務も多く存在し、夜勤や長時間労働、サービス残業を余儀なくされることもあるでしょう。また、利用者や家族からの心ないクレームへの対応が必要な場合もあります。

スタッフ同士の人間関係に悩んでいることもあるでしょう。

もしかすると、介護事故に関与して、入居者・入所者を怪我させてしまうことで、自責の念に押しつぶされてしまうようなこともあるかもしれません。

これらの事情が積み重なって、職場でのストレスにより、介護サービスを提供する従業員がメンタル面での不調を抱え、メンタルダウンしてしまうことも、十分に想定されるところです。

そのため、事業者としては、職員のメンタルダウンを防ぐこともリスクマネジメントの一環であるといえます。

昨今、介護の現場以外でも、このようなメンタルダウンに陥る労働者が大幅に増加したことを受け、平成27年12月1日から施行された改正後の労働安全衛生法では、事業者には、以下の事項が義務付けられました(ただし、労働者数50人未満の事業所については、当分の間、努力義務とされています)。

  •  常時使用する労働者に対し、医師または保険師による心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)を実施すること
  •  検査の結果、一定の要件に該当する労働者から申出があった場合、医師による面接指導を実施すること
  • 面接指導の結果に基づき、医師の意見を聞き、必要に応じて、作業の転換等の就業上の措置を講じること

では、高齢者施設・事業所で職員がメンタルダウンに陥った場合、どのような法的対応があり得るでしょうか。

まず、労災制度を利用することが考えられます。

メンタルダウンや精神障害が労働災害(労災)として認定されるためには、当該メンタルダウンが、業務に起因して生じた疾病であると評価されなければなりません。

厚生労働省は、「心理的負荷による精神障害の認定基準」を公表しており、以下の要件を満たした場合には、発生した精神障害が業務上の疾病として労災認定されること

を明らかにしています。

具体的には、以下の1から3です。

  1. 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
  2. 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷や個体的要因により発病したとは認められないこと

この基準は、様々な要因で発病し得る精神障害について、業務上のストレスの有無及びその程度と、プライベートな出来事をはじめとする業務外の要因によるストレスの有無・程度や既往症などの個人的な要因の有無・程度の相関関係から、精神障害の業務起因性を認定するというものです。

労災保険は、高齢者施設・事業所(施設側)の過失の有無にかかわらず、利用することができ、労災認定を受けた場合には、保険金(たとえば、治療費に相当する給付や、休業損害を補償するための給付)が支払われます。

では、仮に、高齢者施設・事業所(施設側)に、従業員のメンタルダウンについての過失があった場合には、施設側は、当該従業員に対して、何らかの責任を負うのでしょうか。

たとえば、セクハラやパワハラを認識していたにもかかわらず、改善措置をとらず黙認したとか、長時間にわたる時間外労働が常態化していたにもかかわらず、改善を図らなかった結果、労働者がメンタルダウンしてしまったような場合はどうでしょうか。

これらの場合、施設側は、職員が適切な環境の中で職務に従事できるように職場環境を整えるべき義務に違反したとして、使用者が、当該職員に対して、損害賠償義務を負う可能性があります。

高齢者施設・事業所としては、労働者に心理的負荷がかかりすぎないよう、日ごろから、ストレスの有無や程度を把握し、メンタルダウンに至るまでに、適切な配慮や措置を講じることが求められているといえます。

「辞めたい」と落ち込む従業員への対応

介護事故に直面した従業員への対応

介護事故に直面した場合、その当事者となった職員の精神的ショックや罪悪感は計り知れないものと推察されます。

トラウマのような症状や精神障害等により、介護の現場に戻ることが困難になる方もいらっしゃるでしょう。

不幸にも、介護事故の当事者となってしまった職員は、自責の念に苛まれているはずです。

そのため、事業者側として、何よりも心のケアをすることが重要であり、「あなたのせいだ」等という姿勢で追い打ちをかけることは避けるべきです。

その職員に過失があったとしても、安易にその職員を責めるのではなく、組織の問題、設備の問題、人員配置の問題など、介護事故が発生した原因を究明し、研修や教育を通じて再発を防止する姿勢が重要です。

そのためには、当該職員からヒアリングをしたり、事故についての報告書の作成への協力を求めたりする必要はありますが、本人を責めているのではないことを当該職人に理解してもらうことが必要です。

もちろん、職員による故意の犯罪行為のような場合には、この限りではなく、厳正な対応が必要となるでしょう。

その他の理由による離職について

介護関係の仕事からの離職の理由のうち、「職場での人間関係に問題があった」という理由も全体のうち上位にありますが、男女別で比較すると、男性では「将来の見込みが立たたない」が最も高く、女性では、「結婚、出産、育児のため」が最も高い割合を占めています。

つまり、介護業界全体からすれば、将来設計となるべきキャリアパス制度の構築や処遇改善、女性が結婚、出産から復帰しやすい職場づくりを心掛けることが、離職率を抑えることにつながるといえます。

怪我(お姫様抱っこによる腰痛など)による離職の問題

介護の現場では、利用者の移乗や体位交換など施設職員の身体に負担がかかる業務が多いため、腰痛などの身体障害が発生しやすい状況にあります。

厚労省は、「職場における腰痛予防対策指針」により、移乗介助の介助方法について、運搬者に過度な負担がかかることを理由に、原則として人力では行うことを禁止され、リフトなどを利用することが推奨されています。

また、やむを得ず人力で行う場合にも、身長差の少ない2名以上での作業をするよう明記されています。

万が一、職員に腰痛が発症した場合の労災認定の可否はどのように判断されるのでしょうか。

厚生労働省は、「業務上腰痛の認定基準等について」(昭和51年10月16日付基発第750号)において、腰痛を、災害性の原因によるものと災害性の原因によらないものとに分類し、それぞれの認定要件を詳細に定めています。

詳細は割愛しますが、認定基準には、

「腰痛を起こす負傷又は疾病は、多種多様であるので腰痛の業務上外の認定に当たっては傷病名にとらわれることなく、症状の内容及び経過、負傷又は作用した力の程度、作業状態(取扱い重量物の形状、重量、作業姿勢、持続時間、回数等)当該労働者の身体的条件(性別、年齢、体格等)、素因又は基礎疾患、作業従事歴、従事期間等認定上の客観的な条件の把握に努めるとともに必要な場合は専門医の意見を聴く等の方法により認定の適正を図ること」

に留意するよう述べられています。

なお、腰痛の発生に関して、高齢者施設・事業所側に、安全配慮義務違反が認められる場合には、高齢者施設・事業所側(運営会社)は損害賠償責任を負うことになります。

高齢者施設・事業所には、職員研修等を通じて、職員に身体への負荷が少ない方法で業務を行うよう十分に教育・指導すること、定期的な健康診断を実施して、その結果を把握しておくことが求められているといえるでしょう。

なお、将来的には、職員への身体の負担が軽くなるよう介護ロボットなどの開発・普及が進むことが期待されます。

新人の教育

介護職に従事する職員の離職者のうち、全体の約6割以上が3年未満での離職者であり、全体の4割弱が、1年未満の退職者です。

つまり、経験者が離職する確率は低く、経験の浅い職員の方が離職をしやすい傾向にあるといえます。

そのため、定着率を上げるためには、入職3年未満の職員(中でも、新人である1年目の職員)への教育や研修が極めて重要です。

ところが、採用時研修の受講の有無については、正規職員のうち「受けた」と回答したのは48.9%にとどまり、採用時研修を受けていない職員が半数を上回ります。

採用時研修の中には、安全衛生研修の一部である衛生管理(感染症や食中毒予防など)に関する研修や、緊急時の対応に関する研修、事故防止・発生時の対応に関する研修など、介護業務に不可欠な研修が含まれています。

このような研修を経ることなく、実際の介護業務に従事することは困難であり、職員が不安を抱えたまま、職務を遂行しなければならず、また、介護事故発生のリスクも高まります。

したがって、高齢者施設・事業所においては、必要不可欠な研修を、介護業務に従事する前に受講することが可能となるような体制を構築することが重要です。

他方で、たとえば苦情処理に関する研修や、お看取りに関する研修は、役職やサービスによって必要性が異なりますので、すべての職員に対し、業務に従事するまでの間に受講を完了する必要性は低いかもしれません。

このように、新人や経験の浅い職員が実際の介護業務に従事するにあたっての必要性の高低という観点から、研修に優先順位をつけた(すなわち、各労働者にとって、適切な時期に適切な内容の研修を受講してもらうことが可能となる)研修計画を策定すべきです。

労働者が、自身の経験に応じた研修により、スキルアップを実感することで、自信をもって業務に従事することができ、ひいては、離職率の改善にもつながるでしょう。

サービス残業の問題

全国労働組合総連合が実施した『介護労働実態調査』によれば、施設、居宅介護支援に従事する労働者の4人に1人以上が、不払い残業(いわゆる「サービス残業」)を行っているとの結果が報告されています。

このように、介護の現場でサービス残業が横行する理由の1つとして、介護報酬の削減に伴う人手不足が挙げられます。また、利用者の身体状況の記録や委員会・カンファレンスへの出席、さらに利用者の急変への対応など、残業が起こりやすい職場であることも指摘されています。

当然のことながら、法定労働時間(労働基準法32条)を超える時間外労働や法定休日における休日労働をさせた場合には、一定の割合の割増賃金を支払う義務が生じます(労働基準法37条1項)。ただし、管理監督者(労働基準法41条2号)はこの限りではありません。

具体的には、時間外労働について2割5分以上、休日労働については3割5分以上とされています。また、午後10時から午前5時までの間の労働には、上記に加えて2割5分以上の割増賃金が加算されます(たとえば、休日の深夜労働であれば6割以上の割増率です)。

時間外労働についての割増賃金の未払いがある場合には、労働基準監督署から是正勧告や指導が為される可能性があることから、施設側としては、適法な賃金の支払がなされているのか、定期的な確認する必要があります。

残業のない職場環境を構築することが望ましいですが、現実的に生じてしまう残業について、決してサービス残業とはせず、適法な割合により計算した割増賃金を支払う義務があることに留意する必要があります。

解雇に関するトラブル

使用者(高齢者施設・事業所側)から、職員に対して、一方的な意思表示によって労働契約を解約することを解雇といいます。

解雇は、大きく分けて、普通解雇、懲戒解雇に分類されます。

普通解雇は、本人の能力不足や健康上の理由などから、使用者側が労働契約を継続することが困難であると判断した場合の一方的な労働契約の解消です。

普通解雇においては、解雇事由が存在するとしても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でないと判断される場合、その普通解雇は無効となります(解雇権濫用法理といいます。労働契約法16条)。

他方で、懲戒解雇は、従業員の重大な企業秩序違反行為に対する制裁として課される処分の1つであり、一般的には、戒告やけん責、減給、出勤停止などの処分の中で最も重い処分として規定されています。

懲戒解雇は、労働者自身の働く場を失わせ、懲戒処分を受けたことが将来のキャリアにも影響を与えることから、普通解雇よりも慎重に行われる必要があります。

そのため、懲戒権の一種である懲戒解雇には、懲戒権濫用法理が適用されることになります(労働契約法15条)。

具体的には、以下の1から3の事情を考慮し、懲戒処分が懲戒権の濫用として無効とされないか判断することとなります。

  1. 懲戒処分の根拠規定の存在と、懲戒事由への該当性
  2. 懲戒処分の内容面での相当性
  3. 懲戒処分の手続面での相当性

たとえば、従業員が、とある老人ホーム内で認知症の高齢者を虐待したことが判明したとしても、直ちに懲戒解雇ができるとは限りません。

虐待の具体的内容を把握する必要があり、また、従業員が研修不足や知識不足などから、当該行為が虐待に該当するとは知らなかったという可能性もあるからです。

また、被害者たる認知症高齢者の記憶が曖昧である可能性もあり、確度の高い証拠を集めることが困難な場合もあるでしょう。

このように、事実関係を裏付けることに困難が伴うこともあるものの、懲戒処分の1つである懲戒解雇は慎重になされなければなりませんから、やはり、客観的記録の収集、関係者や本人への事情聴取などを行ったうえ、事実の正確な把握に努める必要があります。

そのうえで、虐待行為があったのか、どういった態様なのか、当該従業員の認識、過去に同様の行為で処分されたことがあるのか否か、等の事情を総合的に判断し、最終的な処分を決定する必要があります。

なお、将来の労使紛争に備え、関係者からの事情聴取や本人の弁明は記録化しておくべきです。

懲戒処分の可否、処分の妥当性の判断には、法的な観点から検討が不可欠ですので、弁護士に相談することをお勧めします。

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