仕事中の転倒は労災になる?高齢労働者に多い転倒事故の補償と会社責任
2026年07月21日

「職場で滑って転んでケガをした」「段差につまずいて骨折した」——。こうした転倒による事故は、決して軽く見てよいものではありません。実は、転倒災害は、休業をともなう労働災害のなかで最も件数が多い類型とされています。
「自分の不注意だから労災にはならないのでは」と思われるかもしれません。しかし、業務中の転倒であれば、原則として労災の対象になります。さらに、職場の環境に問題があった場合には、会社へ損害賠償を請求できることもあります。
この記事では、どのような転倒が労災になるのか、高齢の労働者に多い転倒のリスク、そして会社の安全配慮義務と損害賠償までを解説します。
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仕事中の転倒は労災になる ― 労災で最も多い事故類型
転倒災害とは、すべったり、つまずいたり、踏み外したりして転ぶことによる事故をいいます。骨折・打撲・捻挫のほか、頭を打って重い結果につながることもあります。件数が多く、また高齢の方では重症化しやすいことから、近年、特に注意が呼びかけられています。
業務の遂行中に起きた転倒は、業務災害として労災の対象になります。「自分の不注意」と感じる場面でも、それだけで労災が否定されるわけではありません。仕事中の動作のなかで起きた転倒であれば、まずは労災にあたり得ると考えてよいでしょう。
転倒は「よくあること」「大げさにしたくない」と、本人も周囲も軽く受け止めがちです。
しかし、打ち身や捻挫で済むとは限らず、骨折や頭部の損傷につながることもあります。労災として手続きをすれば、治療費の負担がなくなり、休業中の補償も受けられます。軽視せず、まずは労災の対象になり得ると知っておくことが大切です。
「転倒」と「転落」は別の類型
混同されやすいのが「転落」との違いです。転落は、足場や屋根、はしご、階段などの高い場所から落ちることを指します。これに対して転倒は、同じ平面の上で、滑ったりつまずいたりして転ぶことをいいます。原因や対策が異なるため、労災の検討でも区別して考えます。本記事では、同一平面上での転倒を中心に解説します。
どんな転倒が労災になる?
転倒災害は、特定の業種に限らず、あらゆる職場で起こり得ます。原因もさまざまです。代表的な場面を整理します。
転倒の原因 | 起こりやすい場面の例 |
床の滑り | 飲食店の厨房や洗い場の水・油、清掃直後の床、雨天時の出入口 |
つまずき | 段差、配線コード、台車や荷物、めくれたマット |
踏み外し | 階段、脚立、トラックの荷台からの昇降 |
環境要因 | 照明不足、整理整頓の不備、急いでの移動 |
小売・飲食・介護・製造・運送・清掃など、立ち仕事や移動の多い職場はもちろん、オフィスでの転倒も労災になり得ます。重要なのは業種ではなく、「業務の遂行中に起きた転倒か」という点です。
通勤中の転倒は通勤災害になり得る
通勤の途中(合理的な経路・方法での移動中)に転倒してケガをした場合は、通勤災害として認められる可能性があります。駅の階段や、雨や雪で滑りやすくなった路面での転倒などが考えられます。業務中の転倒(業務災害)とは要件の考え方が異なりますが、補償の対象になり得る点は同じです。
高齢労働者と転倒災害
転倒災害を考えるうえで欠かせないのが、高齢の労働者のリスクです。加齢にともなって身体機能やバランス感覚が変化するため、転倒が起こりやすく、また転倒したときのケガも重くなりやすい傾向があります。
特に注意したいのが骨折です。高齢の方が転倒すると、手首・足首・大腿骨の付け根などを骨折することがあり、長期の治療や入院、場合によっては寝たきりにつながることもあります。「ただの転倒」が、生活を大きく変えてしまうこともあるのです。
こうした背景から、高年齢の労働者が安全に働けるよう、職場環境を整える取り組み(エイジフレンドリーな職場づくり)が求められるようになっています。会社が高齢の労働者に配慮した対策を怠っていたことは、後述する安全配慮義務違反を考えるうえで重要な事情になります。
たとえば、清掃のパート中に濡れた床で滑って手首を骨折した、倉庫での仕分け作業中に段差につまずいて転倒し大腿骨を骨折した、といったケースは、いずれも業務中の転倒として労災の対象になり得ます。高齢の方の骨折は回復に時間がかかり、後遺症が残ることもあるため、適切な補償を受けることがその後の生活を守ることにつながります。
転倒が労災と認められたら受けられる補償
転倒による負傷が労災と認められると、次のような給付を受けられます。
給付の種類 | 内容 |
療養(補償)給付 | 治療にかかった費用が支給される(労災指定医療機関なら窓口負担なし) |
休業(補償)給付 | 療養のため働けないとき、休業4日目から給付基礎日額の約80%が支給される |
障害(補償)給付 | 骨折後の機能障害など後遺症が残った場合、等級に応じて年金または一時金が支給される |
遺族(補償)給付・葬祭料 | 頭部の損傷などで亡くなった場合、遺族へ年金または一時金と葬祭料が支給される |
各給付の金額や計算方法、シミュレーションについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
会社の安全配慮義務と損害賠償
会社は、労働者が安全に働けるよう職場環境を整える義務(安全配慮義務)を負っています。転倒災害については、たとえば次のような対策が求められます。
- 床の水濡れや油をこまめに除去し、滑りにくい床材・マットを使う
- 段差の解消や表示、手すりの設置
- 通路に物やコードを放置しない(整理整頓・4S の徹底)
- 十分な明るさの確保、滑りにくい履物の指定
- 高齢の労働者の状況に配慮した作業環境の整備
これらの対策を怠ったために転倒事故が起きたといえる場合には、労災保険とは別に、会社へ慰謝料などの損害賠償を請求できることがあります。労災保険には慰謝料が含まれず、休業損害も全額は填補されないため、その不足分を会社に請求するという考え方です。
会社への損害賠償の具体的な請求方法と流れについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
「本人の不注意」とされたときの考え方
転倒事故では、会社側から「本人の不注意が原因だ」と主張されることがあります。しかし、滑りやすい床を放置していた、危険な段差を知りながら対策していなかった、といった事情があれば、会社の安全配慮義務違反が問われます。転倒を「自己責任」と片づける前に、職場環境に問題がなかったかを確認することが大切です。
請求できる主な損害
- 慰謝料(入通院慰謝料・後遺障害が残った場合の後遺障害慰謝料・死亡慰謝料)
- 逸失利益(後遺障害や死亡によって失われる将来の収入)
- 休業損害のうち、労災給付で填補されなかった差額分
後遺障害が残った場合の慰謝料の相場と計算式については、こちらの記事でわかりやすく解説しています。
転倒災害の裁判例と弁護士の解説
転倒事故で会社の責任が問えるかどうかは、実際の裁判例を見るとイメージしやすくなります。ここでは、公開されている裁判例を、弁護士の解説とともに紹介します。
参考裁判例①|東京高裁 令和4年6月29日判決(濡れた外階段での転倒)
【事案の概要】
居酒屋に勤務する調理担当の従業員が、店舗が入るビルの外階段(屋根がなく、雨で濡れていた)を、店から貸与された摩耗したサンダルで降りる際に転倒し、負傷した事案。この外階段では、過去にも従業員が転倒したことがあった。
【裁判所の判断】
裁判所は、雨で濡れた階段を摩耗したサンダルで降りれば転倒の危険を容易に予見でき、会社は注意喚起や滑り止めの設置などの対策を講じることができたのに、これを怠ったとして、安全配慮義務違反を認めた。そのうえで、被災者が濡れた状態に十分注意しなかった点を考慮して過失相殺(40%)を行い、会社に対し約322万円の損害賠償の支払いを命じた。
【弁護士の解説】
注目すべきは、会社が事故の後になって、階段に滑り止めや注意表示を設置し、サンダルも滑りにくいものに替えていた点です。裁判所は「それなら事故の前にも対策できたはずだ」と判断しました。転倒は「本人の不注意」とされがちですが、過去にも同じ場所で転倒があったのなら、会社は危険を予見でき、対策する義務があったといえます。過失相殺で減額されても、会社の責任そのものは認められている点も重要です。
参考裁判例②|東京地裁 令和元年12月20日判決(雪の日の構内での転倒)
【事案の概要】
労働者が、雪の日に工場の正門から敷地内に入り、約10メートル進んだところで転倒して負傷したとして、会社に損害賠償を求めた事案。
【裁判所の判断】
裁判所は、会社が事故当日の朝までに通路の除雪を実施していたと認定し、会社は必要な配慮を尽くしていたとして、安全配慮義務違反を認めず、請求を退けた。
【弁護士の解説】
この裁判例は、会社が除雪などの対策を尽くしていれば責任は否定される、ということを示しています。裏を返せば、会社が対策を怠っていた場合には、責任を問える可能性が高いということです。だからこそ、「事故当時、会社が何をしていて、何をしていなかったのか」を具体的に確認することが、結果を大きく左右します。転んだ状況だけでなく、職場の対策の有無にまで目を向けることが大切です。
このように、転倒事故の責任は、会社が危険を予見し、対策を尽くしていたかどうかで判断されます。ご自身のケースに当てはまるか迷われたときは、当時の職場の状況を整理したうえでご相談ください。
労災の過失相殺の仕組みと適正な補償を得る手順については、こちらの記事で詳しく解説しています。
申請の手順と、集めておきたい証拠
給付の種類ごとに請求書の様式が異なります。転倒の状況や職場環境が分かる資料、診断書などをそろえ、勤務先を管轄する労働基準監督署へ提出します。会社が手続きに協力してくれない場合でも、本人が直接申請できます。
転倒事故では、なぜ転んだのか(床の状態・段差・障害物など)を示す資料が、労災にも損害賠償にも重要です。次のようなものは、できるだけ早く確保しておきましょう。
- 転倒した場所の写真(床の濡れ・段差・障害物・照明の状況)
- 転倒の日時・状況のメモ
- 診断書・カルテ(ケガの内容)
- 同僚など、状況や職場環境を知る人の証言
転倒災害を弁護士に相談するメリット
転倒災害は「自分の不注意」と捉えられがちで、補償を諦めてしまう方も少なくありません。弁護士に相談することで、次のような点で進めやすくなります。
- 職場環境に問題がなかったか、会社の責任を問えるかを見極められる
- 「本人の不注意」とされたときに、根拠をもって反論できる
- 骨折などで後遺症が残った場合の、等級認定の見通しを立てられる
- 会社への損害賠償も含め、受け取れる補償の全体像を見通せる
特に高齢の方の骨折は、重い後遺症につながることもあります。判断に迷うときは、早めにご相談ください。
労災で弁護士に相談するメリットや費用については、こちらの記事で詳しく解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 自分が不注意で転んだ場合でも労災になりますか?
A. 業務の遂行中の転倒であれば、本人の不注意があっても労災の対象になり得ます。「自己責任だから」と最初から諦める必要はありません。
Q. 濡れた床で滑って骨折しました。会社に請求できますか?
A. 会社が床の滑り対策を怠っていたといえる場合には、安全配慮義務違反として損害賠償を請求できる可能性があります。床の状況が分かる写真などを残しておきましょう。
Q. オフィス内で転倒しました。デスクワークでも労災ですか?
A. 業種や職種は問いません。業務中にオフィス内で転倒した場合も、労災の対象になり得ます。
Q. 通勤中に駅の階段で転びました。労災になりますか?
A. 合理的な経路・方法での通勤中の転倒であれば、通勤災害として認められる可能性があります。
Q. 高齢の親が仕事中に転んで骨折しました。補償はありますか?
A. 業務中の転倒であれば、年齢にかかわらず労災の対象です。後遺症が残れば障害給付の対象になり、会社の責任を問える場合は損害賠償も検討できます。
Q. 転倒で頭を打ち、後から症状が出ました。労災になりますか?
A. 業務中の転倒による頭部の負傷であれば、後から症状が現れた場合でも労災の対象になり得ます。転倒の状況と受診の記録を残し、早めに医療機関を受診してください。
まとめ
仕事中の転倒は、労働災害のなかで最も件数が多い類型で、業務の遂行中であれば原則として労災の対象になります。高齢の労働者では骨折など重いケガにつながりやすく、軽視できません。
「自分の不注意」と感じても、職場環境に問題があれば、会社へ損害賠償を請求できることもあります。転倒事故でケガをされたときは、まず職場の状況を確認し、必要な補償を取りこぼさないようにしましょう。
※内容によってはご相談をお受けできない場合がありますので、ご了承ください。
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